☆51 飛竜襲来の予兆
「奴らは帝国の自治区で暮らしていた獣人族の住む場所を破壊した……魔族で構成された武装集団は、魔物を操ってある日突然村を襲って滅ぼした。獣人族の盟主だった虎の一族はタオラ様だけを残して全員亡くなられた。
元々、虎の獣人は希少だった。その強さは我ら獣人にとって誇らしい特別な一族だったんだけど、生き残りはもうタオラ様しかいないんだよ」
残酷な真実。
あまりにも一人の少女には過酷すぎる現実を教えられて。
その過去を聞き、マケインは己が目を見開いた。
「そんな酷い事件……俺は誰にも聞いたことがない」
マケインが前世の記憶を取り戻す前の知識にさえも、その事件を耳にした記憶がない。そう朧気にも断言できた。
「人族は獣人などの亜人に対して差別的で無関心だ。ましてや他国の出来事など気に留める必要がないと思われたんだろう。僕ら傭兵団はその屈辱の日からタオラ様を守りながら不俱戴天の仇である魔族に一矢報いる為にこうして旅をしている」
悔しそうにトシカは拳をきつく握る。
酔いを醒ましたデルクは皮肉っぽくこちらを睨み、こう言った。
「恐らくはそのカンナという娘は魔国の間者か何かだろう。今度は獣人だけでなく、人間の街も潰すつもりなんじゃないか」
「な……っ」
息を呑んだマケインは、慌てて言う。
「そんな、まだあの子が完全な敵だって決まったわけじゃ……!」
「逆に聞きたいが、そんな怪しすぎる魔族を見て素直に仲間だと信じられる方がどうにかしている」
デルクは半目で一刀両断に切り捨てた。
確かにそうだ。目の前の獣人たちの云っていることの方が分がいいことを悟り、マケインは顔色を悪くする。
「もし……もしもですよ、トシカさん。飛竜が本当に町にやってきたら、あそこの人たちはどうなってしまうんですか」
「そうだね、あの宿場町は特別な軍備がある砦というわけでもない。ただの宿屋が集って発展しただけの小さな町だ。対抗するには冒険者くらいしか考えられないけど、空を飛べる竜には剣が届かない。矢で撃ち落とそうとしても鱗に弾かれる。冒険者の合言葉は竜には逆らうな、だ……」
そりゃそうだ。
これからこの町に魔物がやってきます。相手は空を飛べる翼をもった小さな竜です。だなんて云われたら誰だって泡を食って逃げ出すことを考える。それが熟練の冒険者であればあるほどに、安全と自分の身を守って戦うことを避けようとするだろう。
「皆さんは、飛竜が来ることを信じてくれるんですか」
「六、七割くらいにはね。話していたのが魔族って辺りが嫌な予感がします」
もし、そんな危険なリュール宿場町にまだトレイズやエイリスが俺を探す為に残っていたとするならば……。いくら神様といったって、トレイズ自身の戦闘力は皆無に等しい。巻き込まれている可能性に気が付き、マケインは蒼白になった。
マケインは奥歯を噛みしめ、必死に思考する。
とにかく考えろ。
この状況を打破できるだけの何かを掴まなくてはならない。
「この傭兵団は、魔物退治の依頼を受けて旅をしているんですよね?」
「まあ、そうだけど」
「……俺があなたたちを雇いたいといったら、一緒に飛竜と戦ってくれますか?」
獣人達はマケインの言葉にどよめく。
トシカは熟考するように瞳を瞑り、デルクは荒々しい笑みを深めた。
「はっ! 加護をもらったばかりの坊ちゃんがどれだけの金を出せる? 言っておくが、俺たちが命を懸けるにははした金じゃ動かないぜ」
「代金はもう支払いました」
「……何だ」
「俺が話した魔族の情報は喉から手が出るほどに欲しかった情報ですよね? その価値を考えたら、対価は既に支払ったと思いませんか? ましてや、あそこの宿場町は傭兵団が今魔物退治の仕事を受けている男爵の領地内だ」
暗に町が壊滅したらお前らの責任だろうと。マケインはそう言って足が震えそうになりながらけん制をかける。ありったけの勇気を振り絞って睨みをきかせると、こう続けた。
「その上で、あなたたちに俺の仲間の、家族同然の二人の女性の保護を頼みたいんだ。もしも町に何かあったとしても、トレイズとエイリスを見つけたら無事に逃がしてほしい」
「ほう……立派な脅迫だ。流石青黒い御貴族様の血が流れているだけあるぜ。でもな? あまりにも詰めが甘すぎるんじゃねえか?」
デルクは獰猛に顔を近づける。
「お前が俺たちに話した情報は、お前が勝手にべらべら話したことだ。魔物退治の契約に関して言えば、俺たちは魔物を減らしてほしいと頼まれただけで全滅させろなんて言われた覚えはねえ。こちらがそう言い張ってしまえばお前の手札は簡単になくなる」
そう言われることは計算内だ。
マケインはなるべく不敵に笑い、デルクに言った。
「じゃあ、こういうのはどうだ? もしかしたら、まだ『カンナ』が宿場町の付近にいた場合、その顔を見て特定できるのは俺だけだぞ?」
「ぐ……、」
「どうせ情報を知ってる魔族を探しに行くのなら、俺と一緒に飛竜を倒して人間達の英雄になってみようじゃないか」
その誘いの一言に、気が付くと獣人達が俺を見る目が変わっていることに気付いた。笑い飛ばしてくれそうなものなのに、逆に今の言葉の響きに恐れ多さすら感じているようなそんな色をしていた。
「……私は行ってもいい」
一連のやりとりを聞いていたタオラが呟いた。
「タオラ様!」
「……人間のことは、少し苦手だけど。でも……、獣人でも人間の英雄になれるのなら、少しでも何かが昨日より変わるのならやってみたいと思う」
獣人の姫のマリンブルーの瞳が決意を秘めていた。たしーん、たしーんと尻尾が揺れる。
その言葉を聞き、トシカが怒鳴りつける。
「貴女はご自分の御身の尊さをお分かりですか!」
「でも、このままじゃ私達獣人は何も変わらない。住むところもなく、人間に差別されながら流浪民として生きるしかない」
「……おい、小僧。よくもタオラ様をたぶらかしてくれたな」
トシカはガシガシと頭をかく。やけくそのようになった彼は、ようやく計算高さを放り投げてこう言った。
「ええい、こうなったらタオラ様は融通がきかないんだ! 少年よ、何か竜を空から落とせる方法でもアテがあるんでしょうね!?」
マケインは超高速で思考を働かせた。
……矢が通らないなら……何か爆発のようなものを起こして、その衝撃で地面に墜落させるとか?
でも、今から銃や大砲を再現して作ってみるのは間に合わない。事態は一刻を争う。
「……一つだけ、案があります」
一か八かだが、これしかない。
「今から、ありったけの酒と油を集めてください」
自分に賭けろ!




