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☆46 初めての魔法、師匠は魔族




 振り返ったこちらは呆気にとられるしかない。

一体どこの誰なんだ、この女の子は!

長いツインテールをなびかせて少女は強気に声をかけてくる。


「入門用の魔術書なんて、その辺りの古本屋にいけば、はした金で手に入るのはちまたの常識だよ。その状態の悪さでその値段は、ハッキリ言って詐欺同然だ」


「むぐ……なんだい、人の商売の邪魔をするもんじゃないよ!」

 顔色を変えた老婆が大声を出す。ハッと態度悪く笑った少女がマケインに向かって詰め寄った。


「大体騙されそうになった君も君さ、どこかの商家か貴族のボンボンなのかもしれないけど、そんな風にもの知らずで突っ立っていれば、さながら植木鉢に入ったマンドラゴラだ!」

 聞きなれない異世界流の例えだけど、おそらくかもねぎを背負った状態のことだと言いたかったのだと思う。

たじろいだマケインに、老婆はため息をついた。


「ふん、ケチがついたねえ。今日はもう店じまいだ。どうせ戯れに並べて置いといただけさ、そっちの本の方はおまけにつけてやるよ。とっととこれの代金を払って消えておくれ!」

 マケインに生姜しょうがと重曹、蜂蜜を押し付けてから妥当な金を受け取ると、儲け損ねたお婆さんはさっさと店をたたみ始めた。

ポカンと驚いていた俺に、のびのびとした少女は頭の上で腕を組んで話しかけてくる。


「ま、良かったじゃん」

「う、うん……」


「生姜と重曹なんて何につかうつもりなの?」

「ちょっと同行人が乗り物酔いになったらしくて……」

「ところで、何かボクに云う事、あるんじゃない?」

 確かにそうだ。このボクっ娘がいなかったら王都に着く前にとんだ大金を払わされるところだった。「ありがとう」ともごつきながらもお礼を言うと、彼女は意味深な表情で俺に向かってこう言った。


「それにしても、君は魔術を勉強したかったの?」

「…………その」

 見透かされているようで恥ずかしい。

視線を逸らそうとすると、マケインの顔を少女が覗き込む。キラキラした金色の瞳は輝き、まるで上等な針水晶のようだ。


「才能はないって云われてるんだけどさ、やっぱりこういうのってロマンだろ……」

「ふうん、そうなんだ。でも、見た感じではそれなりに魔力はあるみたいだし、諦めることもないんじゃあない?」

 驚きに俺は少女を見返す。

そんなことを言ってもらえたのは、この異世界に転生してから初めてだった。


「そうだなー、報酬ほうしゅう次第では超優秀なボクが旅の行きずりに魔法を一つ教えてあげてもいいけど?」

「本当か!?」

「ほら。あそこの店にあった干し果実とか、美味しそうなんだけどなー」

 にまにま笑う少女の翡翠ひすい色のツインテールは風になびく。マケインはありがたくその提案を受けることにした。


「それぐらいおごるよ、さっきだまされていたらもっと損をするところだったんだ」

「おっ話が分かるじゃん!」


「俺はマケインっていうんだ」

「ボクはカンナ。物分かりのいい君には特別にこの名前で呼ぶことを許してあげよう」

 なかなかに偉そうな物言いである。お前は何様だと突っ込みたくなるのをマケインは堪えた。

まるで日本人のような和風の名前に驚くものの、そのことについて詳しく聞く前に大きな荷物を背負いなおしたカンナは小走りに歩き出した。

よく見ると、その耳は少し先が尖っている。

慌ててマケインは見つけた師匠を追いかけた。


「その……変わった名前だな」

「ボク、この辺りの出身じゃないからね」


「カンナは宿場町で住んでいるわけじゃないよな?」

「うん、違うよ。ちょっと調べものがあってこの街に来ただけ」

「調べもの?」

 ふふっとカンナは小さく笑みを零した。

青い空を仰ぎ、二人は魔法の練習ができそうな開けた場所まで歩いていく。


「ボクはね、ある日神様からのお告げを受け取って旅に出たんだ」

「そうなのか」

 確かに、神様というものが実在して意志を持っているこの世界なら、案外ありがちな話であるのかもしれない。

まるで本当に誇らしそうにカンナは瞳を輝かせているので。

……お告げどころか、俺の家には本物の女神様がワガママ放題で居座っている事実は彼女に話さない方がいいのではないかと、こちらは若干後ろめたい心境となった。


「その神様の言うことにはね、この世界の文明は一度、終焉しゅうえんを迎えなくちゃいけないんだって。人間たちが自分たちの都合で増えすぎるのは、長い目線では世界の維持の上でよくないことらしいんだ」

「ああ、云わんとすることは分かるよ」

 前の世界の地球だって、人間の人口爆発は星の資源を食いつぶすってニュースで流れていた。つまりはそういう話なのだろうと、俺は同意とまではいかなくても理解して頷く。

すると、カンナはぱあっと顔を明るくした。


「分かってくれるの!?」

「うん、俺もそういう話は聞いたことがあるよ」

 まあ、前世でだけど。


「……実はボクはね、迫害を受けてきた魔族の生まれなんだ。その神様に協力する旅をすれば、新たな時代で魔族を幸せにしてくれるって約束してくれたんだ」

 陶酔したように未来を語り、カンナは柔らかく笑った。

まるで夢を追いかける子どものようだとマケインは見ていて思う。

可愛らしい先生は手取り足取り、人気のない高台の上で分かりやすく魔法の使い方を教えてくれた。


「君は杖を持っていないようだから、落ちていた枝で代用してみようか」といい、魔族の少女は手ごろな長さの枝をマケインに放ってよこした。


「こんなものでいいのか?」

 怪訝な顔になったマケインにカンナは頷いた。


「魔法に慣れてきたら、ちゃんとした杖を買った方がいいよ。

つまりね、体に流れる魔力を指から触媒しょくばいの杖の先に集めるんだ。熱く感じてきたら、それを一気に開放して呪文を唱える」

「どんな呪文を言えばいいんだ? この本には書いてないけど」


「呪文は、その人なりきのオリジナルでいいんだ。基本詠唱に修飾詠唱を組み合わせるのが一般だけど、高等な魔術師は無詠唱で使えるね」

 意味がよく分からない。そのしゅうしょくえいしょう、とやらは魔法の発動に必須というわけでもないのか。

戸惑っている俺に、カンナはこう言った。


「つまりは、もしプチファイアを使うとしたら、『プチファイア』と唱えるのに加えて自分が考えた飾りの呪文がいるってこと。この出来がいいと、詠唱時間がかかる代わりに普通にプチファイアとだけ唱えるよりも威力が大きくなるんだ」

「ああ、ようやく理解できた!」

 つまりはベースの呪文に中二病的なキラキラしい付け足しが必要ってことだ!


「じゃあ、今ここで使ってごらん」

「えーっと……」

 教わったばかりの魔法を使おうとマケインは気合を入れなおす。

少し恥ずかしいが、そこは我慢だ!

「燃え上がれ、プチファイア!」

 ……何も起こらない。

杖先に集った魔力はぷすっと間抜けな音を立てて不発に終わる。羞恥に顔を赤くしたマケインの様子に、呆れたカンナが口を開いた。


「君、本当に才能は余りないんだね」

「だから最初に話したじゃないか! えーい、プチファイア、プチファイア、プチファイア!!」

 三十回ぐらい挑戦すると、ようやく魔力に反応があった――淡く指先が発光し、魔力が収縮して弾ける。小さなオレンジ色の炎が具現し、熱く火の粉を散らした。


「わ……、」

「おめでとう。後はこの感覚を掴むだけさ」

 これは爽快になってしまうかもしれない。息を呑んだマケインが感極まってカンナを抱きしめると、相手はびっくりした猫のようになった。


「な、レディーに何をするんだ君は!」

「ご、ごごごめん! つい嬉しくて!」

 全く……としかめっ面をしながらも、カンナはどことなく嬉しそうだ。少しもじもじとしながら、マケインに向かって呟いた。


「さっきから思っていたが、君は、魔族は嫌いじゃないのかい?」

「大して気にはしていないよ」

「とんだ変わり者だな!」

 くすくすと笑い声を洩らし、カンナはマケインと握手をした。やがて、何気なく交わした会話の最後に彼女は睫毛を伏せて暗い表情になってこう告げる。


「できるなら、君は早めにこの町を出た方がいい」

「どうしてだ?」


「この町は、もうじき飛竜が襲いに来る予定だからだ」

 まるで他愛のない冗談に聞こえ、マケインは気楽に笑った。


「またまた。嘘だろ、どうしてそんなことになるんだ」

「……ただのちょっとした実験だよ。そこに意味なんてない」

 不意に気配が変わった。

油断をしていたマケインは背筋がぞくりとする。

カンナの金の瞳が、まるで手負いの獣のように不穏に灯ったからだ。

これまで親し気に話していた相手がまるで得体の知れない死神のように思えて、わずかに後ずさりをした。


「たかが人間を相手に話しすぎてしまったようだ、ボクはもう行くね」

 高台の境界線に立ったカンナの翡翠色の髪が突風に舞い上がる。そのまま、重力に身を預けるようにして彼女は崖から落下した。


「…………ッ」

 慌てて駆け寄ると、そこには誰もいない。地面に降り立った痕跡もなく、幻同然に消えてしまった少女にマケインの心臓はバクバクと高鳴った。


「今のはなんだったんだ……」

 なんだか、中二病でも患っているかのようなことを喋る女の子だった。見失ったけど無事なようならそれでいい。あれぐらいの歳の頃にはよくある話なのかもしれない。そのことを思い、マケインはやれやれと息を吐く。

そろそろレモンを露店で買ったらエイリスを探さなくてはならない。大分待たせてしまったから、泣きべそをかいているかもしれないし……。

そう思い、マケインは拾った枝を大切にベルトに挟み。踵を返して歩き出した。





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