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☆45 君は騙されている!




 よそよそしい態度のトレイズは、よほど乗り物酔いが酷いに違いない。

そう理解した俺は、立ち寄った宿場町でエイリスと一緒に何かいい薬がないか市場へ探しに出かけることにした。

だが! そうはいっても、小さな町なので余り店の数自体は多くない。

雑貨屋でいい薬がないか尋ねにいくと、丁度在庫を切らしているところだと告げられた。


「そもそもねえ、乗り物酔いに効くポーションは余り美味しくないのよ。若い娘さんが飲むには苦くて辛いのではないかねえ」

と店主のおばちゃんから困ったように言われてしまう。

 マケインは辛抱強く交渉を続ける。


「そうはいっても、明日からもまだ旅をしなくちゃいけなくて……」

「だったら、うちではなくて錬金術師さんのところに行った方がいいと思うよ。よし、この街で唯一の錬金術師に紹介してあげるから、ちょっと待ってなさい!」


「ありがとうございます!」

「やだ、お貴族様がそんなこと云わないでちょうだい」

 まんざらでもなさそうに、雑貨屋の店主はそう言って笑う。そこを出て街を歩いていた俺は、ふっと視線を後ろに向けるとエイリスが困ったように笑っていることに気が付いた。


「……どうしたの? エイリス」

「ほえ!?」

 マケインの問いかけに、エイリスはわたわたとしている。


「何か悩みがあるなら聞くけど」

「い、いいえ、大したことではなくて」

 困り顔の彼女をじっと見つめると、ようやくエイリスは絞り出すような声を出した。


「あ、あの……実は見てきたい生地のお店が途中にあって」

「そうだったんだ、気付かなくて悪かったよ」


「ででででも、私ごときがそんな」

「待ち合わせをすれば問題ないから、行ってきなって」

 マケインがそう言うと、エイリスはぱっと明るい顔になる。思わずというようにマケインを豊かな胸に抱擁すると、少年はその感触に真っ赤になった。


「え、エイリス!」

 ヤバいヤバい、この顔に当たる柔らかさは脳細胞を破壊する!

呼吸困難になってもがくマケインを数分間抱きしめた後にようやく離すと、セミロングの髪を翻したエイリスは嬉しそうににっこり笑った。


「行ってきますっ」

「お、おう……」

 トレイズへと傾きかかっていた心が一気にエイリスへと向かいそうになる。

素朴な茶色の髪をしたおっとり年上美人さん、というのも悪くない……どころか、今はすっかり意識してしまっている。

トレイズの慎ましやかな胸も悪くないけど、やはり巨乳というのは男のロマンだ!

この体験は永久保存版にしておこう。そう決意しそうになったマケインは、だらしなく鼻の下を伸ばしそうになっている自分に気が付いて咳払いをした。




 さて、言われた通りの場所へ地図を見ながら来てみたところ、そこには古ぼけたショールを肩にかけたお婆さんが一人で煙草を吸いながら露店を構えていた。


「すみません、あなたがこの街で唯一の錬金術師って聞いたんですけど」

「……おやまあ、珍しいことじゃ。貴族の子どもがこの老いぼれに何の用かね」

 老眼なのか、目を疑うように瞬きされる。

白髪の老婆の言葉に苦笑したマケインは、さっそく錬金術師に訊ねた。


「乗り物酔いの薬を探しているんですけど。ト……知り合いの女の子が馬車で調子を悪くしてしまって」

「あれは勧めないよ」

 老婆は苦い顔となる。


「とても若い女子の飲むような味じゃないからね。辛くて苦いし、みんな騙されて買っていくから人気はあるけど、飲む人を選ぶのさ」

「何を使っているんだ?」

 老婆は震えた手でマケインに材料を見せてくる。


「これだよ……」

 見せられたのは、丸い植物の根っこだった。その見た目を視界に入れたマケインは思わず呟く。

よくスーパーで見かけるあの野菜だ!

「生姜じゃないか!」

「ショ・ガーのことを知ってるのかい」

 そうか。確かに生姜の絞り汁には乗り物酔いを緩和させる作用がある! 思わず前のめりに俺は言った。


「柑橘類とか蜂蜜や重曹は売ってるか!?」

「フルーツならよそで買いな。蜂蜜と重曹なら少しは分けてあげるけど、一体何に使うんだい」

 怪訝な面持ちになった錬金術師に返事をせず、マケインは思わず笑いだす。


「良かった、重曹があるなら色々応用が利くぞ……」

「あれは胃の薬だよ。下級神官に人気があるんだけどねえ」

 呆れた顔になった錬金術師。その店頭に並んでいる本を見つけたマケインは、驚きの眼差しを向けた。


「……お婆さん、ここ、これって」

「ん? なんだい」

 売られていた本の題は、『魔法術入門』と書かれている。


「まさか、魔法の……指南書なのか!?」

 マケインの反応に、錬金術師は無言で頷いた。


「アンタ、魔術書の類は見たことがないのかい」

「適正がないから、初めて見たよ」


「それはまた大変なことだ。なんだい、買っていくのかい」

「いくらになる?」

 すっと表情を隠した老婆は、指を立てた。


「白銀貨三枚のところを、銀貨六枚にしておいてやろう」

「た、高いな……」

 流石魔法の本。それなりの値段がするというわけだ。

しかし、ここで買っていけば馬車の中でも王都への道中に勉強ができる。それを考えたら、お買い得なのかもしれない。

散々悩みながらも決断しようとした、その時だ。


「分かりました。買いま……「ちょっと待った!」……え?」

 振り返ると、そこにはニヤニヤとした笑みを浮かべた背の低い少女がこちらを見ていた。

マケインよりも一つか二つ年下のように見える。翡翠色の髪に、満月のような金色の瞳をしており、健康的な愛らしさが感じられるルックスだった。

初対面の少女は堂々とした立ち姿で、マケインに向かってこう言った。


「――君は騙されている!」


 老婆は舌打ちをした。




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