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☆37 ハンバーガーと紫色のスープ




「渓谷でオークが出たなんて! ここ十年ありえないことだったのに! ……無事に戻ってきてくれて良かった」

 事情を聞いたマリラ母さんは、俺のことをそう言って抱きしめた。泣き出したのはルリイとミリアだ。


「にいちゃ、生きてるよね?」

「べ、別にアンタのことなんか心配したわけじゃないんだから……!」

と素直なようで素直じゃない騒ぎ方だった。


「ああ、御無事でよかった……! 本当に、マケイン様がオークを倒されたんですね?」

「まあね」


「すごいです! オークだなんて武神様のご加護があっても倒せるか分かったものではないのに!」

 まるで英雄を見るような目でエイリスが息を呑む。そんな風に過剰に称賛されても困ってしまうだけだ。だって偶然トレイズからもらっていたスキルのおかげで命拾いしたようなものなのだから。


「そうだ、トレイズはどこに?」

「女神様なら……」


 モスキーク邸の裏庭に探しに行くと、ハーブの小さな花々に囲まれた緑の中で、静かに祈りを捧げているトレイズの姿があった。

桜色の髪が風に翻り、こちらの気配を察した彼女は静かな視線を動かす。その髪の隙間からこちらを見る瞳が大きくなって、

「お帰りなさい」と泣きそうな顔で彼女は微笑んだ。


「ただいま」

「その恰好……血まみれだわ!」


「色々あったんだよ」


 慌てた彼女が走って抱きついてくる。どこかに傷がないか探そうとし始めたので、慌てたマケインはそれを制止した。


「いやいや、怪我はないんだよ! これは全部オークを倒した時の返り血で……っ」

「オーク! オークですって!? あの渓谷には強いモンスターはいないってダムソンが云っていたのは嘘だったの!?」


「いや……はは」


 眦を吊り上げ、トレイズは怒りの形相となる。

この女神様は怒っている時も可愛いんだな、と見当はずれなことを考えながら、マケインは苦笑いをした。


「多分気まぐれに放浪をしていたオークだったんだよ」

「そんなことあるはずないじゃない、お馬鹿さんね。魔物は何かない限り生息域はそんなに変えないものなのよ……それこそ異変が起こっていない限り」


「最近起こった異変?」

 マケインは何とも言えない顔を返す。

その微妙そうな表情にトレイズがキョトンとしていると、マケインは一瞬だけ心に浮かんだことをついついそのまま話してしまった。


「それって、トレイズがこの地上に降臨してきたこととか関係ない?」

「……あ、あるはずないじゃない! 旦那様はあたしに喧嘩を売っているのかしら!?」


「いやでも、普通は女神様が顕現するって天変地異みたいなものだと思うんだけどなあ……」

「そんな恐ろしいことだったら、気軽に降りてくるはずないでしょ! 名を失われた邪神とかとは違うんだから……」


「邪神?」

「そうよ、邪神。あなた、もしかして何にも知らないの?」

 もの知らずな者を見るような眼差しで、トレイズは話す。


「あたしを含めたこの世界の四季を司る十の神々と、彼らが昔、時空の狭間に封印した一柱の邪悪なる神の話。もう今では伝わっていないのかしら」

「ごめん、俺は神様の数は十神だとしか聞いていない」


「ふうん、まあいいわ」

 トレイズはこつんと額を当ててくる。


「……あたしが何かあなたの力になれたとしたなら、……良かった。無事でいてくれて、嬉しい」

 彼女は桜の花が咲くように微笑む。

不意に、マケインはごくりと喉を動かす。そのまま抱き寄せそうになった手を引っ込めて、少年は自分の気持ちを堪えた。


「そ、そうだ! あのスキルはすごいね! 『と殺』を使ったら襲ってきたオークが一発でどーんって!」

 料理にしか役に立たないと思っていたけれど、まるで物語の必殺技のようなスキルだ。照れ隠しにマケインがあったことを全て話すと、トレイズはポカンとした表情でこちらを見た。


「まさかあなた、がむしゃらに『と殺』スキルで剣を振るったの? そんなすっとんきょうな使い方をした人、あたしも初めて知ったわ」

「え?」


「もしかしたら先代の食神だったら何か知っているかもしれないけれど……、料理スキルで戦うなんて無謀なことをしたものね! あげた時には、そんな博打みたいなことをするだなんて思わなかったわよ!」

 トレイズは呆れたように目を伏せた。どうやらその口調は少しマケインに対して怒っているようだ。


「……それで、問題はそのあとよ。本当にその助けた女と旦那様はなんでもないのね?」

 若干の嫉妬のこもった眼差しを向けられ、マケインは慌てて弁明をする。その辺りに関してはぼやかした表現をしたつもりでも、やはりトレイズの女の勘が働いたらしい。


「な、なんにもない!」

「どこまで信じたらいいものかしら、分かってるの? あたしの他に奥さんを持ってもいいとは思ってるけど、簡単にいくらでも浮気してもいいってわけじゃないのよ?」

 つい、と顔を背けて食神はそう紡ぐ。

腰までのロングヘアが動き、日光にきらめいて色が薄くなった。


「それで、勝負に持っていく料理は完成しそうなの?」

 詰問にドギマギしていたマケインの瞳が上がる。その確信に満ちた意志の強さに、トレイズは虚を突かれた。


「ああ。この世界の人間が、これまでに食べたこともないような美味いハンバーガーを作って見せるさ」

 マケインは、不敵に笑った。




 勝負当日。

「私の花嫁になる決意はかたまりましたか? 聖女様」

何やら最近市井で流れているその不名誉な呼称で呼ばれ、エプロン姿のマケインはひくりと頬を引きつらせる。


「……できればそのような呼び方は止めていただけないですかね……」

「どうして。儚く可憐な貴女に相応しい名前だと思うけどね。滅多にそう呼ばれるものではないのだから、喜ぶべきだ」

 この野郎……! 殴ってやりたい!

怒りに震えるマケインに気付かず。アルミ・カラットは気取った素振りで自分の髪を振り払う。そうしてから、こう続けた。


「今日連れてきたのは、王都指折りの有名料理人だ。ところで、勝負に来るはずのマケイン・モスキークはどこにいるんだい?」

「……ふ、ははは」

 コイツ、これでもまだ俺の正体がモスキーク男爵家のマケインだとわからないのか。とんだ道化だな。


「今日の料理は俺が作ります」

「まあ、将来の妻の手料理が見れるなら、それでも悪くはないけど。せっかくだから蹂躙する相手の顔くらい見ておきたかった気もするな。自分の家の全財産がかかった勝負に来ることすらできない腰抜けだなんて、男として恥ずかしいぐらいだ」


「へーへー、そうですか」

 何人もの料理人を連れてきたアルミは、そう言ってこれみよがしなため息をつく。確かに裕福で成功していそうな彼らを見たマケインは、少しだけ不安になってきた。

 ……あれ? 俺、もしかして大分無謀な真似をしようとしている?

いくらなんでも、エイリスの料理を見てこの世界の料理文化が遅れているものだと決めつけて、余裕で快勝するつもりでいたけど……よくよく考えたら、マケインの側だって前世はただのファストフードオタクの一般人でしかない。


 そんな自分が、この世界の一流の料理人に太刀打ちできるのか?

トレイズやダムソンの言葉を信じ込んでノコノコこの場に来ている俺の方が、よほど世間的には笑いものにされるんじゃ?


 勝負の舞台はウィル・ロウの食神殿だ。審査員になるのは、見知らぬ金髪の高位貴族とカラット子爵、神官長のダムソンとそれからうちの親父だ。

前世でよく食べていたファストフードは、この世界でも受け入れられるのか?

ひやりとした心地を押し隠して、マケインはぐっと前を向く。


「マケイン、頑張って」

 すれ違いざまに変装をしたトレイズがにっこり笑って囁く。調理補助のエイリスはパタパタと準備を懸命に行ってくれている。


「よし! エイリス、いくぞっ」

「はい、マケイン様!」

 まず用意されているのは……こないだ狩ってきた牛型モンスター、ブラウンオックスの肉と自家製のふんわりパン。それから酢漬けにしておいた若い瓜と彩りの葉物野菜と玉ねぎだ。

このままでは堅くて食べられたものではないブラウンオックスのかたまり肉を一生懸命小さめに切り落とし、衛生に気を付けて使いやすいサイズの肉きり包丁でリズムよくたたき始める。コツは、脂身とほどよく混ぜることだ!

たたたん、たたたん、少し手間だけどここが大事!


「マケイン様、あちらの料理人がこちらに注目しています」

 俺たちのやってることに、向こうのメンバーは唖然としてこちらの料理を眺めている。そりゃそうだろう、いきなり生肉を持ってきたと思ったらそれをぐしゃぐしゃにし始めたんだ。ミンチ肉の概念がなかったら奇行にしか見えない。

かなりの時間がかかったけど、牛肉のミンチは納得のいく出来に仕上がる。


 さあ、香辛料とハーブを混ぜろ!

少しの砂糖と塩で隠し味。体温が伝わらないように指先を冷やしてから急いでこね始める。鼻歌をうたいながら小判型に成形し、牛肉100%のパティをフライパンで焼き上げる。その合間に皿洗いをしようと思ったらエイリスに強引に皿を奪われた。


「これは私のお仕事ですっ」

 そうか。それはすまないことをした。

どうにも俺は貴族らしく人を使うことを覚えないといけないな。マケインはそう反省しながら、適度な大きさに千切った葉物野菜を綺麗な水で洗う。

 こういうところは『浄水』スキル様様だな。いつでもどこでも安全な水が得られるというのは心理的にすごく楽だと思う。

できるなら水を出すところまで出来たらありがたいけど、多くは望むまい。


 だんだんできあがっていくマケインの料理に、次第に相手方が戸惑いを表していた。ハンバーグができた辺りでは息を呑んだし、それが遂に完成してハンバーガーに組み上げられた段階を見た時なんか放心を隠せなかった。


柔らかなパンとジューシーなパティ、生の玉ねぎの薄切り。若い瓜のピクルスに葉物。極めつけはオークの肉から作ってあった薄味の燻製肉のスライスだ! トマトは見つける余裕がなかったので今回は諦めた。

パティに豚肉を混ぜるのは少々邪道だけど、ベーコンとして一緒に挟むのはむしろ……アリでしょう!


「よし、これで完成だ……」

 マケインはそう言って、全ての盛り付けを終えた後に滲んだ汗を拭う。

ふと振り返ると、カラット家が用意した料理人達は無表情でマケインの作ったハンバーガーを凝視していた。


 な、なんだろうこの威圧。こわっ

マケインが引き気味に後ずさると、向こうが作ったスープの中身が見える。紫色をした毒の沼みたいな汁物に、ナッツのような木の実と肉がぷかぷか浮かんでいた。

その時点で、嫌な予感がした。

ビジュアルから見ても、三人がかりで敵の作ったこれが美味だとは到底思えなかった。

ふらりと倒れそうになったコックが話しかけてくる。


「や、やあ。君たち……随分と面白いことをしていたけど、自信はあるのかい?」

「そちらはスープにしたんですね。紫色、してますけど……」


「ああ。この王国の伝統食はスープだからね。絶対に今回の料理対決はスープで戦うことになるって確信してたよ。スパイスは最上級のものを揃えたし、臓物だって頑張って一晩茹でたんだ。この独特な濁った色を出すのにはワインとビネガーを煮詰めて、焦がした蜜を……」


 次第に、王都の一流コックは虚ろな眼差しになる。

とてもその努力が報われているように思えないが……。大丈夫だろうか。食材も高価なものをふんだんに使ったみたいだし、もしもこの勝負に負けたら、この頭を抱えているコック達はカラット家に殺されるんじゃね?

エイリスがポツリと呟く。


「私、なんだか気の毒になりました」

 言ってくれるな。あちらさんも重々そう思っているだろうから。




赤ワインとナッツのスープは、ここまでではありませんが作者も創作料理で作ったことがあります(実体験)。

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