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☆34 牛肉を探せ!




「俺、決闘の料理には牛肉を使いたいんだ」


 意を決したマケインの言葉に、周囲には動揺が広がる。

気楽に発したセリフであったが、一同は浮かない顔をしている。


どうしてこんなにみんなが戸惑ったような反応を示すのだろう……疑問に思ったマケインに、ルドルフ・モスキーク男爵は沈んだ深い声でこう告げた。


「マケイン、お前は知らないのか。わが領内では、牛肉はほとんど流通していないのだが……」

「え。まさか、売っていないってこと?」

 ルドルフは困り顔で頷く。

マリラはため息をつき、その事情を解説してくれた。


「牛は育てるのに干し草を刈り取れる広い農地と設備がいるでしょう。貧しいわが領内ではまず生産されていないのよ。大体モスキーク男爵領の家畜で肉用に育てているのは豚と鶏くらいね」


「……ミルクはどうしているんだ?」

「だから山羊を飼っているのでしょう?」

 これは困った。

突きつけられた事実にマケインは真っ青になる。


「豚肉ではいけないの? 兄ちゃ」

 ルリイの不安そうな表情に、マケインは黙り込んでしまう。……確かに、パンに挟むハンバーグを作るだけなら、豚肉で代用することは可能だ。できることはできるのだが、有名ファストフード店の味を知っているマケインは、どうしても牛肉100%のパティの美味うまさを知っているのである。


 聞くところによれば、日本の食文化に豚肉が禁忌のイスラムの人たちが放り込まれた時、一番安心して食べられるのは牛肉でできた某ハンバーガーだけであったという噂を聞いたことがある。であるならば、そのセオリーを異世界だからと破っていいものだろうか? いや、できないだろう……。


「……そもそも、牛肉ってあまり美味しくないわよね? どうしてもかたくてみ切れない印象が強いわ?」

 先ほどまでねていた食神トレイズのあんまりな発言に、この世界で前世を思い出して間もないマケインは頭を抱えた。

糞、異世界の食事情というものをめていた!


「いやいや、もしかすればあの堅い牛肉でもマケイン殿にかかれば至福の一品へと変貌へんぼうするやもしれませぬ……」


「煮ても焼いても食えないって噂なのに?」

 流石に無理でしょう、と言わんばかりのトレイズの態度に、マケインは俄然がぜん反骨心が芽生えてくるのを感じた。


「……トレイズ、お前は牛肉の美味しさを知らないからそんなことが言えるんだ」

「ふうん?」


「確かに日本の歴史においては牛肉は食べられ始めて間もないけどな、現代の庶民の間では御馳走ごちそうとして扱われているんだぞ!

安くなったスーパーの牛肉を見つけた時のあの喜びを知らないのか!」

「にほん? すうぱあ?」

 思わず口走くちばしった心の声に、トレイズは目を白黒させている。「マケイン、訳の分からないことを言ってないで落ち着きなさい」……そうルドルフからなだめられ、ようやく転生少年はハッと我に返った。


「いっそのこと、自分で狩ってきたらどうなんだ?」

 呆れた目をしたドグマのセリフに、ダムソンは瞠目どうもくをする。


「そうじゃ、その手があった!」

「その手?」


「モスキーク男爵よ、確かこの領内から平原を北東へ進むと、馬で三日ほどの距離にアンセル渓谷へと出るじゃろう。その荒野で出る魔物モンスターに牛型のものがおったはずじゃ!」


「そういうことですか! しかし、今から討伐クエストを発注したところで間に合いますかどうか……」

 え? え?


「魔物って食えるの……?」

 戸惑い、困惑気味のマケインにルドルフ・モスキークは豪快な大笑いをする。


「何を云う、昨日まで散々食わしてやったではないか! あれほど大喜びをしておったくせに!」

「そ、そっか。食べれるんだ……」

 うっぷ。

確かにそんなことを聞いたような気はする。俺のほおは盛大に引き攣った。


 牛肉、豚肉の間で迷っていたら、まさかの提案をされている現在。やっぱり家畜の豚でいいです、と今更言い出せない俺の前で、大人たちは真剣にモンスターを狩ってくる方法を検討し始めた。


「それなら、時間もないしやっぱり自分たちで狩るしかないじゃない」

 かなり殺伐とした提案をマリラがカップの取ってに指を絡めて優雅に呟く。


「それなら俺が……」

「あなたがこの屋敷を離れたら留守中をカラット家に何をされるか分からないわ。私の弟のジェフと腕利きの冒険者を直接雇って行かせましょう。あれでも狩りの腕はなかなかよ」

 すっぱり却下された父上は、しょんぼり項垂れている。影を薄くして逃げようとしていたドグマを捕まえて、ミリアが嬉々として言った。


「僕に何をするんだ!」

「ドグマにも行かせましょうよ。今回の原因って半分くらいコイツにあるんだから」


「……ひいっ」

 ドグマの顔色が白くなった。

マケインは同情気味に他人事で笑う。

すると、それを見たマリラがすっと視線を動かして、


「そうね、そろそろマケインにも初戦闘を経験させてもいいかもしれないわ。レッドオックスは小さいものを狙えばDランク程度ですもの、狩りの経験があるジェフが一緒なら大したことはないでしょう」と物騒なことをさらりと言った。


「俺は食神の加護しか持っていないのに!?」

「何事も経験よ。いきなり帝国との戦争で初陣なのに前線に行かされるよりマシだと思いなさい」


 血の気が引いたマケインに、エイリスが笑いかけた。

「マケイン様なら大丈夫ですよ!」

「そ、そうだな。大したことない……ハズ」


 現代社会に生きる平凡な日本人の記憶では、まさか動物を狩った経験なんてない。正に母獅子から谷底に突き落とされ、わずかなプライドでメイドへ精一杯の虚勢を張りながら目線を彷徨わせていると……、


「あたしも行こうかしら」

いかにも戦闘力の低そうなトレイズの遊びにでも行くような発言に、思わず自分のことも忘れて全力で制止にかかったマケインだった。





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