☆28 魔力の感知と奇妙なギルドカード
「ったく、どいつもこいつも……」
あのギルドの連中、人のことを見ただけで女だと決めつけやがって。
鼻筋にシワを寄せたマケインは、試しに自宅の鏡の前で女の子らしく両手を組んでみる。
……そんなに目を見張るほどの美少女に見えるものか?
確かに、こうして眺めれば結構可愛いとは思うけどさ。自分でも。
そのまま人好きのしそうな笑顔を作って客観的な自分を観察していたところを、通りがかったミリアに目撃された。
死んだ目をした妹と視線が合い、マケインはぎくりとする。
「……はッ」
呆れたように失笑される。
「お母さま、馬鹿兄貴が鏡の前で何か変なことしてるわよー」
「うわあああ!」
義母に自分の恥ずかしい姿を報告されそうになったマケインの悲鳴が屋敷に轟いた。
閑話休題。
庭先にて。ソネットから渡された、この世界の魔法の修行法が書かれた羊皮紙を何度も読み返していたマケインに、トレイズがつまらなそうな顔をする。
草原に置いたチェストに腰かけ、少女らしいすらりとした脚を動かしながら唇を尖らせた。
「ねえ、旦那様。そんなに何度も読み返しても大して内容は変わらないと思うわよ?」
「いや……もしかしたら、暗号化されて重要な秘密が隠されてる可能性とか……」
「所詮片田舎の冒険者ギルドに置かれていた手引書だもの、そんな大層な仕掛けなんかされてないわよ」
トレイズは困ったように笑う。
そして、ずっと俺が読んでいた羊皮紙をぱっと奪って悪戯っぽく言った。
「やるなら早く修行しましょ!」
「あ、ああ……」
ようは小難しいことを書いてあったところで、やることはそんなに変わらない。この世界の人間種なら誰でも持っているはずの魔力を意識できるようになって、それを身体に巡らせることで魔力の量を少しずつ増やすことができるらしい。
「肝要なのはイメージの精度よ!」
草の上で片足立ちになりバランスをとりながら、トレイズは胸を張る。
今日の彼女は町娘のようなワンピースにコルセットを締めている。その素肌を隠すような膝丈のスカートが可憐に揺れた。
「イメージったって……」
細市が暮らしていた元の世界には、そもそも魔法自体が無かったのだ。存在すらしていなかったものを知覚するなんて、一体どうやったらいいものか。
そのヒントがないか手引書を睨んでいたものの、初心者に優しい書かれ方はしていない。
「普通は生まれた時からなんとなく感じているものなのだけど。魔力が少なすぎて分からないのかしら」
「おいおいおい!」
「うーん、こうなったら魔法に詳しいダムソンを呼ぶしかないわね」
小首を傾げたトレイズは、モスキーク家の屋敷の近くの家にいるであろうダムソンを呼びに走っていった。しばらくして、大した時間もかからずに彼女は帰ってくる。
その行き返りの速さに思わずマケインは口端をひくつかせた。
「食神殿の神官長様が俺の家からスープの冷めない距離で暇を潰しているというのもどうなんだろう」
「いえいえ、これは実に利の叶ったことなのでありますぞ」
マケインの苦言にもダムソンは好々爺のように笑っている。
「そもそも神官というのは神に祈りを捧げるのが本職でありますからな。だとすれば、食神殿の空っぽの祭壇に祈っているよりもより食神様であるトレイズ様の生活されているお傍で祈らせていただくことこそが神官の本懐というもの!」
「それをされているこっちは生きた心地がしないんだよ!」
結局のところ、モスキーク邸の聖地化現象は未だに解決していない。ダムソンは近所にあった小さな家をその財力で買い取ってそこで日がな一日茶を飲んでいるし、屋敷の周りでは朝晩順番に信者が入れ替わりながら巡礼に来ている。
一応はトレイズが現世に降臨したことは秘密にされているはずなのだが、神殿関係者のこの盛り上がり方からするに、情報がどこまで広まっているのか安心できない。
いや、そもそもこの女神、現世に降り立ってすぐに全神殿に使者を送ったそうだから当然の結果ではあるのだが……。
「……なあに?」
「いや、むしろダムソンさんに文句を言うよりもトレイズを神殿に帰す方が先だったなと思って」
すっかり馴染んじゃってるのが頭に痛い。
「あたしは帰らないわよ!」
ムッとしたトレイズがソッポを向く。
その拗ねた顔もすごく可愛らしい。可愛いけど、それで誤魔化されそうになる自分が困りものだ。
「大体な、トレイズ……。俺はまだ、」
説教をしようとしたマケインの言葉をダムソンが阻む。
「それで、マケイン殿。呼ばれた儂は一体何をしたらいいのかね?」
「あ、それなんですけど」
そういえば今は魔法の修行に挑戦している最中だった。
急ブレーキで話題が転換される。自分にあるはずの魔力の感知で躓いているマケインの話を聞き、ダムソンはにこやかに少年の手を握った。
「マケイン殿、それはこうしたらいいんじゃよ。今、なんと感じておるかね?」
「え、本音を言ってもいいんですか?」
「勿論じゃよ」
「えっと……男同士で笑顔で手を握り合っても気色悪いなあと思っています」
ダムソンの笑顔が凍り付く。
照れくさそうに頬をかくマケインの手を握る力が心なしか強くなった。
「いや……そうではなくてね? こうして手を握っておると、暖かく感じるじゃろ?」
「ダムソンさんの手、むしろ冷たいですけど」
いかにも老人って感じがする。
「ええい! こうなったら荒療治じゃ!」
業を煮やしたダムソンは、勢いよくマケインの身体に向かって魔力を流し込む。ビリビリとした波動をようやく感じたマケインは目を見張った。
「これは……」
「流石に分かったじゃろ?」
「せ、整骨院の電気療法とそっくりだ」
「違あう! これが魔力じゃ! お主の身体に流れる魔力を儂の魔力で共鳴させとるんじゃ!」
意味自体は分からないながらも、ダムソンはその言葉のニュアンスでマケインがずれていることに気が付く。
「しばらくの間は手を放してもビリビリしとるじゃろ? それを身体に巡らせて循環させていくんじゃよ」
ダムソンの言葉に、少年はようやく魔力が自分に宿っていることを実感する。これまで半信半疑であったものの、確かに自分の身体には気のようなものが存在しているのだ。
巡らす……つまりはぐるぐる回せばいいのか?
その時、マケインの脳裏に浮かんだのは子どもがテーブルの上で遊ぶ為に用意する、流しそうめん機だった。あの延々と電池で水を回す機械だ。
少しそれをイメージしたところ、何か温かいエネルギーが動き始めるのを感じる。
(どうせだったら、スイッチをOFFにするまではずっと自動的に廻ってる方がいいかな。動力源は……どうしよう)
そうだ。どうせイメージ次第だというのなら、俺が食べたもののカロリーで魔力が流しそうめん機みたいに巡るように設定しておこう……そう考えたマケインの極めて場当たり的な発想によって、彼はこの先いくらファストフードを食べても太れない体質になってしまうことに気付くことはできなかった。
「そういえば、マケイン殿」
どうやら上手く魔力を動かすことができたらしいマケインに、ダムソンが咳払いをした。
「ギルドカードの方はどうなりましたかな?」
「……あれですか」
俺は一気に暗い表情となる。
「よろしければ見せていただいても?」
「いいですよ。ダムソンさんなら……」
マケインは沈痛の面持ちでポケットに入っていたギルドカードを見せる。トレイズも覗き込んだそこには、こう書かれていた。
―――――
マケイン・モスキーク【人族】【男】
レベル1/999
HP14 MP2 STR8 DEX12 AGI6 INT測定不能 LUK測定不能 DEF12 ATK6
加護【食神】
スキル【浄水】【と殺】
称号【食神のいとし子】【貧乏下級貴族】【男の娘】
―――――
「ほう……」
しげしげと眺めたダムソンは反応に困った表情になった。
「これはまた、随分と奇妙で面白い……。普通、称号にはそのものの特徴や地位が現れることが多いのじゃが……この【男の娘】というのはどういう意味なのかのう」
「それに関しては悪意しか感じないんですよ!」
「マケイン殿には意味が分かっているのかね? この測定不能の部分も気になるが……」
ダムソンの知的な眼差しに、マケインは口ごもる。それを見たトレイズは、なんとなく少年にとって不名誉な称号なのだと察しがついた。
「旦那様、あたしもこれについては不満よ」
トレイズがむすっとする。
「どうして食神のいとし子なのよ、ここは食神の伴侶と書かれるべきでしょう! あたしの気持ちが軽く扱われているみたいで腹が立つわ」
これを見た反応がそこかよ!
「いや、その辺りは別に……」
「作り直しましょうよ! 断固抗議よ!」
トレイズの怒った言動に、ダムソンが苦笑を洩らした。
「これに関しては作り直しても同じ結果ではないかのう……」
鑑定スキルやギルドカードの表示は自動的なものであり、誰かが意図して記入できるものではない。
例え神様であっても、その結果は左右できないらしい。厄介な事実を思い、彼はやれやれと笑った。




