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☆26 神官長は感激している!




 俺の作ったパンを食べ終わったダムソンは感極まって叫んだ、


「マケイン殿! 儂は激しく感動しましたぞ!」

「ど、どうしたんですか」

 ようやく魂が肉体に帰ってきたマケインの肩を捕まえ、ダムソンはこのあふれるほどに押し寄せてきた自分の気持ちを伝えようとする。


「儂は今まで、どうして貴殿が食神様のお眼鏡めがねに叶ったのか、頭では理解しておるつもりでその実何一つ分かってなどおりませなんだ……」

「いや、当たり前ですよ。俺だってなんでこんなことになったのか……」

 マケインの中では、この世界にちょっとファストフードを広めて一旗上げてみようと思ったくらいのことで、ここまでの大騒動になるとは予想外だった。今でも何故食神であるはずのトレイズがこんなにも自分のことを気に入ってしまったのかはなはだ分かっていない。


「マケイン殿、それは自己卑下じこひげがすぎるというものですぞ!」

「……そうなんですか?」

少し呆れた顔のマケインに、ダムソンはわなわなとふるえる。


「そなたの作りだしたこのパンは、王族でも食べたことのないこの世界初めてのもの……何のレシピも手助けもなく、貴殿はそれを容易く作り出してしまわれた。それは最早人の子の業績とは思えぬほど!

これでは我々食神殿が、マケイン殿を『神の愛し子』としてあがめてもそれだけでは足りないかもしれぬ……」

「そんなに大したものじゃないですって。たかがパンじゃないですか」

 ちょっと珍しい技術が使われているだけで、これはまだ料理にすらなっていない。

 パンはパンだ。そんな大げさに言わなくても……。

 ダムソンの威圧的な迫力に引きながら、マケインは焦ってしまう。


「……パンはパンでも、これは聖なるパンじゃ! これほどの品を普通のパンとして扱うことなどとてもできぬ! まずは王族、高位貴族にのみ独占を……」

「ちょっと待ってください! そんなことをしたら、ハンバーガーが作れなくなってしまうじゃないですか!」

 雲行きが怪しくなり、マケインは叫ぶ。

「……しかし……」


 俺は強く主張する。

「よく聞いてくれ!

ファストフードってのは、庶民が食べる料理なんですよ! 疲れた労働者のすきっ腹にガツガツ意地汚く食べるような、このパンはそういう趣旨に使おうと思って作ったものなんですっ」


 思わず反射的にひどいことを言ってしまった。

お偉い人になんてことを叫んでしまったのだろう、と一瞬でマケインの血の気が引く。


「なんと……」

 目をいたダムソンに、しばらく見守っていたトレイズが口を挟む。


「つまるところ、旦那様は下々の困窮こんきゅうした民にこそこのパンを食べてもらいたいということよ。ダムソン」

 彼女は可愛くウインクをする。


「あたしも常々思っていたの。美食というのは、貴族などの限られた人間にしか手に入らないじゃない? この世界の多くの民は、その日食べるものも食べられずにいるんだわ。あたし、そのことは素直に残念に思っていたの。

ダムソン、よく聞いて。

『ふぁすとふうど』っていうのはよく分からないけど……。

そのようなあたしにはどうしようもない悲しい現実を、旦那様はこのパンを民に売ることで変えてくれようとしているのよ」


 ……俺の言葉がすごく崇高すうこうな理屈になっている。

そこまで深いことを考えていなかったマケインは、視線を少し彷徨さまよわせる。トレイズもダムソンもそのことには気付いていない。


「そうよね? マケイン?」

 トレイズにそう聞かれ、マケインは慌ててそれっぽく顔を取りつくろった。


「そうですね、俺はまずこのパンをモスキーク男爵領の名産として受け入れてもらえるように努力するつもりです。貴族に食べてもらう物は、もっといい材料を使ったりして差別化できますし。俺にとっては美味しいに貴賤きせんはないんじゃないかなって……」

「なんて気高いお考えじゃ……」

 ダムソンは、ほろほろ涙を落とし始めた。


「そうじゃな。仮にも神に仕える者がおごりに囚われてはならない。それをこうして儂に教えてくださるとは……そこまでの素晴らしいお考え、マケイン殿、この老いぼれに協力できることはなんでも云ってくだされ」

「え、いいんですか?」


「少しは遠慮えんりょしろ! マケイン!」

 あわてたように同じ部屋にいた親父が言った。


「さっきからお前は、神官長様になんてことを!」

 ルドルフはひやひやしながら息子を叱りつける。しかし、当のダムソンはそんなことは何も気にしていないのだ。


「いいんじゃよ。男爵。マケイン殿は視野が狭くなっていたわしに真の信仰心を教えてくれたのじゃ」

「いや、……そういうものですか?」


「モスキーク男爵。聡明そうめいな御子をお持ちになって、うらやましい限りじゃ」

「……そ、そうでしょうか」

 厳しい顔をしていたルドルフの表情がでれっと柔らかくなる。


「確かに、自分としてもなかなかに良い息子だと思っております。なんていったって、食神様のお気に召す料理を作るだなんて、今でもとても信じがたく……」

 俺はあわてた。

おい、親父。められたからって調子に乗るなよ!


「特にこの丸いパンなんて、俺としても食べてみるまでは理解できなかったのですが、なるほど、自由にさせてみたら素晴らしいものを作るものだと感心すらしてしまい……」

 そのまま得意げに息子の自慢じまんを始めたモスキーク男爵の話を、ダムソン爺は頷きながら聞いている。


「……だ、ダムソンざん。その協力してもらえるという話なんですけど」

 このままだととんでもないことになりそうなので、マケインは話の邪魔じゃまをする。少年は思考を巡らせながら、ダムソンに言った。


「できるなら、ダムソンさんが親しい平民の女の人にパンのことを宣伝してくれないですか?」

「女性かの?」


「こういうものって、男爵家が圧力をかけて無理に買わせるよりも自然と民の間でうわさになった方がいいと思うんです。そちらの方が貴族を怖がらずに買いに来てくれるでしょう。もしかしたらリピーターになってくれるかもしれないですし」

「リピーター?」


「あ、何度も買いに来るって意味です」

 マケインの言葉に、ダムソンは納得をする。

確かに、貴族が商売を始めたら普通の平民の感覚としては遠巻きにしたくなるだろう。その抵抗感を乗り越える為に、おしゃべり好きな平民女性の間で良いうわさを流すということだ。

なかなかの商売感覚に、ダムソンは舌を巻く。


「なるほど、それならこのダムソン、いくらでも尽力じんりょくいたしますぞ。少し待ってくだされ、だとすればマケイン殿は冒険者ギルドへの登録をした方がいいかもしれませんな」

「ギルド、ですか?」

「あそこで登録すればマケイン殿の今のスキルなども整理がつくじゃろうし、情報交換の場にもうってつけじゃ! 儂からの推薦すいせん状は後で届けさせましょうぞ」

ダムソンは機嫌よく笑う。

トレイズもにこにこ笑っている。

こうして俺は、自分でも予想外なことに冒険者ギルドに登録をすることになったのだった。




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