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☆15 試食はほどほどにしておこう




 感情の読めない相手の瞳が作られた料理へと注がれ、マケインは緊張きんちょうに身が引き締まるのを感じた。


「では……味見をしてみましょうか」

 その声と共に、モスキーク家各々の指がピタパンサンドに伸びる。掴まれたそれは、しゃくりと音をたてて前歯でみ千切られた。

舌の上に広がった味覚と未知の食感に、それぞれの人間が目を見張る。


「これは……っ」


 どうしたんだろう。もしかしたら、口に合わなかったのだろうか。一抹の不安が胸の中によぎる。

うつむいたマケインを放置して、モスキーク家の人間たちは一心不乱にピタパンサンドを頬張ほおばる。普段は礼儀に厳しいマリラまでもが噛みしめるように食べていた。


「……お兄ちゃん、これ、おいしい!」

「こんなのどこで覚えて……ま、まあ認めてあげなくもないわよ」

 ルリイがキラキラとした目で訴え、ミリアはほおをバラ色にして素っ気なく言う。

 その一言を聞いて、ようやくマケインは全身がほっと脱力するのを感じた。


「良かったぁ……一応合格ラインってことだよな?」


「わたし、こんなに美味しいご飯初めて食べた……これと比べたら、いつもの食事は鶏の餌だと思う!」

「そ、そんなに?」

 デレデレと頬を緩ませたマケインに対し、何も口にせず、後ろで控えていたエイリスがショックを受けた顔になった。


「……そんな! わたしの! 私の料理はそこまで不味まずいんでしょうか!」

「今まではそう思わなかったけど、にいちゃのお料理を食べてみればよく分かると思うよ」

 暗にマズいと言われた事実に気付いたのだろう、エイリスが衝撃にふらりとよろめく。それを慌てて支えようとしたマケインに、絞り出すようなマリラの声が聞こえてきた。


「マケイン、これは何ですか」

「え?」


「この料理はなんだとたずねているのです。私はこのようなもの、これまで見たことも聞いたこともありません」

 流石に異世界の大人の目には奇異きいに映ってしまったらしい。しどろもどろにマケインは返答しようとする。


「これは、サンドイッチとハンバーガーのあいの子のような代物で……」

「一体どこで覚えてきたのです? まさか、一度も料理をしたことのないあなたが考え出したオリジナルのレシピですか?」


「まあ……はい」

 前世で覚えたレシピです、と答えるわけにもいかない。

完全に否定することもできず、マケインは良心の呵責かしゃくに耐えつつ頷く。それを聞いたマリラが深々とため息をつき、しばらくして口を開いた。


「まさかここまで規格外なものを作るだなんて……」

「あの、もしかして不合格だったり……?」


「いいえ、むしろその真逆なのです。

とろとろの玉子に、カリカリの味のついた豆・・・…このこってりとしたソースも素晴らしいわ。常識を外れた美味しさというものを、この歳で知ることになるなんて……人生とは数奇すうきなものね。マケイン、これは育ての母としての命令です。馬を出しますからできる限り早く、この規格外の料理を神殿まで持っていきなさい」

「でもまだ父上が帰ってきていなくて」


「……私が馬を操ります」

 躊躇ためらうマケインに、わった目をしたマリラは威圧的に言い放った。


「早く支度をなさい、今すぐ私の後ろにあなたを乗せてウィン・ロウまで連れていきます!」

「ええっ!?」

 まさかの言葉にマケインは固まりそうになるも、その眼光に負けて慌てて身支度みじたくを整える。小ぎれいなよそ行きのズボンに履き替え、髪に水をつけて撫でつける。鞄には硬貨の入った巾着や水筒などを突っ込んだ。


「マケイン様、くれぐれもお気をつけて」

「分かった。ありがとう」

 それにしたって、急な話だ。

息子のマケインを伴ってウィン・ロウまで行くのを楽しみにしていた親父はさぞかしがっかりするだろう……。

そんなことを思いながらも、流されやすい日本人気質なマケインはマリラの操る馬に乗せられて街道を走った。

 目を果てしない空に向けると、けんか別れをしたいつかの美しい少女の表情が蘇る。桜色のロングヘアに、萌黄色の瞳。色白の透き通りそうなほどの肌。気の強そうな言葉。


 今更ながらに、彼女と口論をしてしまったことへの少しの後悔が湧き上がってくる。

独りぼっちであの空間にいて、寂しくはないのだろうか。退屈を感じたりはしないのだろうか。

考えてみれば、マケインは彼の女神については何も知らない。何が好きで、何が嫌いなのか。それすら分からない。


 奉納した料理、食べてくれるだろうか。もしかしたら、気に入ってくれるだろうか。

 そうだといい。折角作ったのだから、喜んでくれたらありがたい。


確かに、あの女神については性格の悪いところもあるけれど、それでも見た目は可愛かったような気がする。……というか、それだけなら結構好みではあったんだ。


 もしも今一度会えるなら、あの時は失礼だったと謝りたい。

役に立ちそうなスキルを貰いたいという邪心じゃしんで作った料理だけど、わずかくらいならそういう気持ちもこもっているはずだ。

多分……そういうことにしておきたい。


 マケインは笑い声を上げた。

マリラは、それを聞いて静かに馬を駆った。

林の木々は流れ、吹き抜ける風と雨粒はりんと冷たかった。





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