☆106 俺は彼女と結婚をした。
お久しぶりです。奈良です。ゆっくり新章をこっそり更新します。
モスキーク領に帰ってから、色々なことがあった。
あの後、伯爵位を戴いた俺は、すぐにモスキーク家の当主となった。父は涙ながらに嬉しそうに隠居を決めた。
トレイズとは婚約式を挙げた。本当はすぐにでも結婚をしてしまいたかった。しかしながら、まだ幼すぎると周囲が待ったをかけた。
一番反対をしたのは、妹のミリアだった。
あれからモスキーク家に戻ってみると、ツンツンしていたミリアが、明らかに俺に対して態度を変えた。
正確には、すごくデレた。
いや、未だにツンとはしている。けれど、すっかり『お兄ちゃん大好き』の妹ができあがっていた。
その妹の大反対に、トレイズとガチバトルを繰り広げ、まあ色々とあった挙句に、最終的に俺が15歳になったら結婚をするという話に落ち着いた。
その頃になれば、てんやわんやしている伯爵家も、軌道に乗るころだろうと云うことだった。
しかし、それは表向きの理由だ。
俺はベルクシュタインの圧力に負け、リリーラと婚約をした。なんとか逃れようとしたものの、どうしても逃げ切ることができなかったのだ。
ベルクシュタイン家は、東部の実質的なまとめ役を今まで担っていて、新しく伯爵位となったモスキーク家の当主は、どうしてもベルクシュタインと婚姻によって繋がることが求められた。
つまるところ、モスキーク家の伯爵家としての地盤固めに俺が利用されたのだ。
辞めたいと言い出せない空気だった。
というか、リリーラが俺をとことん追い詰めた。
さすが知神のご加護をもらっているだけあって、彼女の知略に俺はどんどん逃げ場を失い、ある日屋敷にに呼び出されたと思ったら、その場で王国の立会人の下にサインをさせられ、婚約させられる羽目になってしまった。
さすがにベルクシュタインの屋敷の中で、乱闘騒ぎを起こすわけにはいかなかった。ドグマはあっさり首を振った。「諦めましょう」そんな最悪の一言に、俺はショックに膝をついた。
トレイズは、俺を許さなかった。
そりゃ当然だ。王国の身分がないトレイズは、俺の正妻となる権利を失うに等しい。絶対にリリーラと結婚はしないと約束するまで、トレイズは口をきこうとしてくれなかった。
ようやくコミュニケーションがとれるようになったものの、
15歳になるまで、結婚式のその日になるまでむくれ面をしていた。
「ようやく結婚できる」
白いタキシードを着た俺が呟くと、ドグマが素っ気なく言った。
「良かったですね、マケイン様」
「ドグマ。お前には苦労をかけたな」
「まったくです。婚約させられて以降、マケイン様はベルクシュタインの地へ赴かなくなりましたから。全ての交渉の仕事を僕に丸投げしてきたじゃありませんか」
「これからも是非頼む」
マケインが笑うと、ドグマはすっかり白い目を向けた。
「……僕は反対でしたよ。トレイズ様との結婚は」
「どうして」
「彼女は神様です。人間との結婚が上手くいくはずがありません。マケイン様は、今の立場に見合った令嬢を正妻にもらうべきです。少年の頃の初恋のままに生きていこうだなんて……」
「仕方ないよ。トレイズを好きになってしまったんだから」
マケインは、視線を上げた。聖堂の天井画には、アムズ・テルの神々の姿が描かれている。その中の桜色の女神の肖像に、マケインは胸のどこかが痛むものを感じた。
「俺は、きっと彼女にとっての一瞬にすぎない」
「だったら、」
「けれど、俺にとってはこの結婚は永遠なんだよ。ずっと愛し続けると決めたんだ」
ドグマがぐっと押し黙った。
晴れやかにマケインは笑う。
「俺の幸せを思うなら、二度とトレイズにそんな話はしないでくれ」
「……僕は、」
「ありがとう。ドグマ」
もう時間だ。
大聖堂の扉が開く。赤いバージンロードの先で、白いウエディングドレスをまとった少女が振り返った。
出会ったときのまま、歳をとらないトレイズの姿がそこにあった。
少し年上のように感じていた彼女の容姿は、今では俺より少し幼く見えた。きっと、魂が年老いることがないからだ。
美しく、あどけなくトレイズが微笑む。
桜色の髪は、ベールの中でふわふわと揺れていて、色白の頬はバラ色に染まっている。その唇には紅がひかれて赤く艶めいていた。
幸せそうな花嫁の姿に、俺は泣きそうになった。
――永遠に、君を愛すよ。
トレイズ。
この先何があっても、俺にとっての妻は、君だけなんだよ。
「行こうか」
彼女は、俺の腕に自らの腕を絡める。
「幸せにするよ」
囁くと、彼女は微笑んだ。
「永遠にあなたを想うわ」
小さく唇が動く。
「マケイン、愛してる――」
そこで、俺はがばっとベッドで目が覚めた。
今は。いつだ。
夢を見ていた。結婚式を挙げたときの、美しい彼女の姿を思いだしていた。
結婚式から三か月が過ぎていた。
同じベッドの中で、トレイズの寝息がしている。
俺は、うめき声を漏らして頭を抱えた。
一週間前、メイドのエイリスが我が家からとつぜん失踪をしたのだ。




