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☆101 小さな戦争

遅くなり申し訳ございません。



三週間が経った。

すっかりマケインは疲れ果てていた。


「ぜったいおかしいわ!!」


その様子を見て、わなわなと震えるのは、食神だ。

搾り取られたマケインは、ベッドの上に疲労困憊で潰れている。その隣で、彼女は大声でわめき散らす。


「あのハーブ水にそんなご利益なんてないわよ!! あたしが云うんだから、間違いないわ! あたしは金輪際そんな加護を与えたつもりはないわよーっ」

「トレイズさん、やろうと思えばできたんですか?」


「できたら苦労しないわよ!! そもそもあたしは神々の中では半人前で……」

「ハイハイ、わかりました」

マケインは浅く笑う。

天井を睨み、まどろむ思考の中で、


「さて、これからどうしたものだろう」


「いっそのこと、王都から離れるのはどうかしら。このまま旦那様が小間使いをやっているのは癪に障るわ」

トレイズがうるうるとした瞳になる。


「そんなこといっても、絶対に王様が許してくれないさ。一度騎士になると言ってしまったのは俺自身だよ。撤回なんかできない」

そう呻いたマケインに、彼女はぶすっとした面となった。

武神と魔神は、英雄になりさえすればご加護を授けてくれると約束をしてくれた。しかし、今のままのマケインではそんな立派な武勲なんてあげることはできないだろう。


「……ん? ということは、この流行り病の原因を突き止めれば、俺は出世もできて飯炊き係から解放されるのか……?」


そうだよな。

そういうことになるな。


「まあ、でも相手は病気だし、こんなの沈静化するまで待つしか……」


「それだわ!! 旦那様っ」

「ハイ?」

トレイズは拳を握り、ベッドの上に立ち上がった。

それを突き上げ、大きな声で宣言をする!


「ハーブ水が病に効く謎を、私たちで探し当てて、今の召使いの待遇から脱出するのよ!!」

なんという無茶ぶり。

キラキラと輝く女神に、マケインはげんなりと死んだ眼になる。


「…………また面倒なことを言い出して……」

「なんでもやってみなきゃ分からないわよ! あたしは旦那様ならできると信じているわ」


朝日が差し込む。

窓際に止まっていた鳩が飛び立つ。

閉塞していた部屋の空気が、うごいた気がした。





聞き込みをしてみることにした。

ヒイヒイ言いながら仕事をしている傍ら、少年は隙を見つけて現場から逃げ出し、師匠の下へこっそり顔を出した。


「おや、ようやく現れた。神殿の水売りになっていたのではなかったかい?」


「そんな悠長なことを言ってないで、はやく助けてくださいよ!」

「馬鹿な弟子のおかげで現状の病が食い止められているのは確かだ。こちらとすれば、よくやってくれているとしか言えないさね」


「師匠までそんなこと言うなんてひどい……」

マケインが崩れ落ちる。

それを見たアニエルはがははと笑う。


「薬師ギルドはどうなんですか。特効薬とかはできていませんか」

「まだできていなんだよ。どうも、既存のものでは効果が現れていないらしくてね……アタイとしては、なんとなくかかった病人を観察していると、魔力過多の症状によく似ていると思うんだけどさ」


「魔力過多?」

「ただ、普通の生活をしていればまずそうなることは極めて少ない。アンタみたいに馬鹿でかい魔力を持っているならともかく、こんな大勢が発症するなんて珍しいことさね。恐らくそれに類似した症状がでているだけだと……」


「なんでそれにハーブ水が効くんですか」

「なんでだろうねえ」

アニエルは首をひねった。マケインは理解した。


「師匠、役立たずですね」

「な……」


「俺はがっかりしました、まさか王宮魔術師であるはずの師匠が、こんなに国民の危機になにもしない役立たずであったなんて」

「な、なにをいうんだい!」


「師匠なら、きっと俺と一緒に原因を突き止めて、ぱあっと解決してくださると期待していた矮小な俺が馬鹿でした。ダムソン様がこれを見たら、なんと嘆くことか……」


老婆は真っ赤になった。

白、赤、灰色。

めまぐるしく顔色が変わる。爆発しそうなのを察し、マケインは耳をふさいだ。

憤怒の怒鳴り声が上がる。


「――――なァんてことを言うんだいっ! このクソガキ……っ」

その激高で、アニエルの覇気が怒声となって威圧を増す。身の危険が押し寄せてもマケインは引かない。ここで逃げたら元の木阿弥となる。


そこに、ひょっこりと通りすがりの神官、グレイ・リーフェンが現れた。どうやらマケインが逃げたために、捜索隊として探し回っていたようだ。

「……おやおや、ご自分の職務を投げ出してなにをしていることやら。お蔭でこちらにも火の粉がかかるところでしたよ」


「グレイさん」

「女神の寵愛を受け、姫君の覚えもよい君にとっては大したことではない仕事でしょうが、それによって大勢の貴族の命を左右する立場だということが分かっていない。まったく、こんな小さな子どもに頼らざるとえないとは忌々しい」


食神殿の神官は、眉間にシワを寄せる。


「貴殿のことは、見つからなかったと報告しましょう。少しは馬鹿な少年も休んだ方がいい」

てっきり嫌味を言われて叱られ、連れ戻されると思っていた。マケインは顔を明るくした。


「ありがとうございます!」

グレイは渋い表情を崩そうとしない。だが、わずかに口角がにやりと上がった。


「ああ、それと。ホップキンソン王宮魔術師。貴女様であれば、この件も見事解決してくださると……神官長様も私も期待しております」

アニエルは眉を動かす。


「……ダムソンが?」

「ええ」


「このクソガキと病の謎を解けば、アタイの好感度があがると?」

「それはもう」


「……そ、そうかい」

老婆は自分の髪を触り、もじもじと恥じらった。乙女のように頬を赤らめて、両手の指先を組む。

……マケインは、見なかったことにして横を向いた。


「そ、そそそれなら仕方ないね。 馬鹿弟子、何か分かったらアタイにすぐ言うんだよ! ちょっと薬師ギルドの方に一緒に行くかい!」

「……はい!」

赤髪を振り払い、アニエルは踵を返した。マケインはそれを追いかける。気のせいか、グレイが穏やかに笑っていた気がした。





薬師ギルドのギルド長は、アニエルの突然の訪問に驚きながらも、すぐに会ってくれることになった。

奥の部屋は、革のソファーに、ローテーブル。奥の事務机には、沢山の書類が積まれていた。


「……魔力過多、ですか。打つ手がないですね」

「薬師ギルドでも対処は難しいかい」


ギルド長は暗い顔で頭を抱える。アニエルの隣にいたマケインがかしこまっていると、ギルド長は大声を出した。


「ああ、くそ! いくら金を積まれたところで売る薬がないのに、我々にどうしろというんだ! どいつもこいつも無理難題ばかり言いやがって!」


「そうさね、今回の流行り病は前例もない。そもそも何か飲むだけで解決するなら、そんなに手っ取り早いことはないものねえ」

マケインはキョトンとする。


「……え? パパっと薬でどうにかならないものなんですか」


「仮に魔力過多が原因としても。そんなことで制御できるなら、世の中は魔術師だらけだよ。才能と努力、これが魔力を操作する大前提さ。持っている魔力が身体が耐えきれないほどに増えるというのは、アンタか魔物くらいのもので」


「えっ、ということは、人間が魔物になろうとしている?」


マケインは戦慄をした。

アニエルが眉を寄せる。イライラとした声で、


「そんなこと前例がない。そもそも、人間なんて身体がもろすぎて、魔物になる前に汚染が早くて死んでしまう……」

師匠の目が見開かれた。

小さな声で呟く。


「まさか、どこからか……王都の水が毒に汚染されている?」

「そんなこと、ありえますか」


「普通ならありえない。毒物が井戸に投げ込まれたならすぐに分かるはずだ。そもそも、この城下街にそれらしいところがあれば、すぐにアタイが分かって……」


…………。

……マケインは、ハッとした。

そうか。浄水された水が効いているのではない。街の人が飲んでいる水、そのものが汚染されているとしたら……?

それはどこから来た水なのか。


「上水道、いや、水源地です! 王都の人が飲んでいる水はどこから来ていますか!? そこが汚染されています」


アニエルは、真顔となる。今にもキレそうな目となった。

燃えるような怒りを孕んだ国家魔術師は、椅子をガタリと言わせて立ち上がる。


「……貯水池が何者かに占拠されている可能性がある。この病は、人為的に起こされているということだ」

アニエルは速足で部屋を出ていこうとする。それを追いかけようとしたマケインは、怒鳴りつけられた。


「来るんじゃないっ アンタを連れていくことはできない」

「どうしてですか」


「お前さんは、替えがきかない存在だ。食神様のいとし子であり、今の王都の浄水を担っているのはマケインのスキルだ。木っ端の兵士とはわけが違う」

「でも、俺は……」


「じゃあ、お前は現場でなんの役に立つっていうんだい!」

「…………」


そうだ。

俺は、…………。


「俺が行けばすぐに貯水池の浄水ができます。ハーブ水を作ることは、食神のスキルを所持している他の人たちに作りに来てもらっています。充分に俺の代替が可能です。

……あと、魔族に会ったことがあります。リュール宿場町を襲ったワイバーンが来る直前、俺はあの町で魔族を見ました。今回の事件に、もしかしたら関わっているかもしれない。

そいつと話したことがあるのは俺だけだ」


「それだけが理由か」


「俺は、名誉欲があります。打算もある。だけど、今の王都の人々を助けられるのは、魔族が関わっていた場合に話し合いができるのは、もしかしたら俺しかいないかもしれない」


「それでも、戦闘になったら役立たずだ」


「でも俺は……、多分、単純な兵器になりますよね? 自分の身体が崩壊することを除けば、師匠に鍛えられた俺の魔法は強力な武器となり得る」

「…………っ」


アニエルが、悲痛な声を出した。辛そうな顔で、マケインを見る。


「お前は、自分が死ぬことが怖くないだろう」

「怖いですよ」


「……でも、人の命と自分を天秤にかけたら、他人の命を選ぶだろう。そうやって死んでいった同胞と今、同じ面構えをしている。……ダムソンの頼みでもなかったら、深く関わりたくなかった。アタイは、お前を使い捨ての兵器にするために修行をさせたんじゃない」



「でも俺は、それを望みます。この世界でトレイズを生かすためなら、俺は何度でも戦います」



「ああもう、こういう奴はいつだって言うことを聞かないんだ」

やけくそのように、ホップキンソン師匠は叫んだ。


「ほんとうに死ぬかもしれないよ! いいんだね!?」

「はい」


「足手まといになるんじゃないよ」



マケインは、歩みだす。

――これが、マケイン・モスキークにとって初めての小さな戦争だった。



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