船出
「おおナガ目覚ましたか!」
「モルダ? ここは……」
「船の上だ俺たち助かただよ!」
甲板のうえで、マトールの義兄弟が喜びの声を上げる。全裸で。
「なんだ、そうか……天国じゃないんだね。あれは夢かあ」
「あ? どな夢見てただ?」
「いやあ綺麗なお姉さんに全身ローションプレイしてもらってさあ。もうアッツアツな感じで最高。でも肝心な部分は触ってくれない焦らしプレイでそれはそれでよくてさ」
「なんだそれ羨ましな! ちょとオラにもこの軟膏塗ってくれ!」
「え、なんで?」
……巻き込まれたくないから離れていよう、と移動する。視界に入らないように……甲板の上の唯一の建物、船室の裏側に……と移動すると、ちょうどそこで後方を注視しているカルを見つけた。
「何やってるの?」
「ン?」
「……っていうか、いい加減教えてほしいんだけど」
ボクはカルに詰め寄る。
「逃げる、って何? 島に迎えに来てくれたハフィのお父さんたちをあんなに急かして出発させてさ。船だって万全じゃないらしいのに……。確かに、魔物を退治したら目的地まで送ってくれる約束はしたけど、強引すぎるっていうか」
「そうさな……お、出てきた。答えはコイツだよ」
カルが手招きする。
「ここから、こう覗いてみな」
「……こう?」
「こうだって」
「うわっ!」
肩を抱いて引き寄せられる。文句を言って離れようとして――
「……船?」
目の前に、急に大きく船が見えた。驚いたけど……どうやら光の精霊に、遠眼鏡の要領で光を屈折させて遠くを見ているらしい。
なんだか、装飾が多くて先の細い船だ。なんだか、いかにも……。
「……エルフの船?」
「正解だ」
カルがイヤらしく笑う。
「なんだか、あの海蝕洞のあった島に向かってるみたいだけど……」
「だな。つまりそういうこった」
「いや、わかんないよ。どういうことなの?」
焦れて問いかけると、カルは楽しそうに話し始めた。
「つまりな、あの洞窟の奥にいた狂ったウンディーネ。あれは、あのエルフたちが用意してたんだな」
「……え?」
「気づかなかったか? あの洞窟の壁面、至るところに法術のルーンが刻まれていたぜ。そいつのおかげで精霊を閉じ込め、島の内部では精霊力を発揮しづらくしていたわけだな」
エルフが、精霊を……捕まえていた?
「ど、どうして? 契約もしていない精霊を捕まえるのって、精霊にとってはよくないことなんじゃ……」
元来自由に世界を行き来する精霊たちを閉じ込めると、悪影響があるという。それこそ……狂ってしまう、らしい。それは忌み嫌われることで、エルフの間でも同じはず。
「さァな。理由は2つ考えられる。ひとつはエルフの家の誰か……例えば家の後継者に契約させるために捕まえておいたが、管理を怠って狂わせてしまった」
「……精霊って、自分で見つけて契約するんじゃないの? それって、ズルくない?」
「ズルだな。だがまあ、裏じゃよくある話だ。実際、昔リダンの森の王家でも、王女のために高位精霊を用意してたって噂だぜ」
王女……例の100年前に殺されたお姫様か。
「もう一つは?」
「狂った精霊そのものに用があったかもしれねェ。アレは、普通の精霊の何倍もの力が使えるからな。もっとも制御できやしねえから、破壊工作に使うぐらいだが……」
カルは肩をすくめる。
「いずれにしろ、他人にゃ知られたくねェ事情だ。だからエルフたちはこいつらに早く海岸から出ていけって言ってたワケだな」
立ち退き要求の裏にそんな事情が……。
「……エルフたち、追ってくるかな? あそこに精霊がもういないのを知ったら、怒るんじゃ……」
「さて、どーかね。そんな暇はないと思うが……ん?」
カルが船の中心の方を向く。その動きに合わせて、ボクの頭もそちらを向いた。そこにいたのは……マトールの少女、この船の船長のハフィ。
「マクナ、彼と仲がいいんだねぇ」
「え?」
何を……と思っていると、肩に載せられていたカルの手に力がこもった。理由が分かって、カッと顔が熱くなる。
「いや、ちがっ……! 離れてよっ!」
「照れるなよ」
「照れてなんかないっ!」
力を込めて振り払うと、カルはヘラヘラと笑いながら離れていった。
「ごめんねぇ、邪魔した?」
「いや、全然……これっぽっちも……」
遠くに行ったカルの背を見て、ハフィが申し訳なさそうに言うけど……いやもう、全然、邪魔なんかじゃない。
そうだ、ここは……誤解を解くためにも、少し男らしいところを見せたほうがいいんじゃないか? よし……。
「……むしろ、ハフィみたいなかっ、かわいい子と話せて、嬉しいよ」
噛んでないぞ。ないったら。
「本当? 私も嬉しい」
「……えっ」
あれ? うん? な、なんか、いい感じ?
え……本当に? いやうん、確かにハフィはかわいい。美少女だと思う。こんな子と付き合えたらいいな、って思うような感じだし……あれ? こ、これは!?
「私もマクナみたいな、かわいい妹が欲しかった」
「………」
……うん……別に……期待したわけじゃないから。なんていうか、ボクは男なんだと訂正する気力も湧いてこない。
「これから、カルに指定された島まで航海するわけだけど、マクナに話があって」
「ああ、うん。水のことかな? それなら、ボクも手伝うよ」
水の精霊使いは、海の上でも真水を確保できるという。けれど相当負担はあるそうだし、ボクも錬金術で手伝いをしたほうがいいだろう。
「それは助かるよ。でもその話じゃなくて、寝床の話」
「寝床……?」
「この船には、船員の雑魚寝用のスペースしかなくて……」
ハフィはちらっと背後を見る。そこには、全裸でカエンソウの軟膏を塗り合って悶絶しているマトールの義兄弟がいた。
「……船員の統率は私が取っているけど……ああいうのと一緒なのは嫌かなと思って」
「あー……」
確かに……雑魚寝だと絡まれそう。
「だから、私の船長室で一緒に寝ない? 狭いけど、ちゃんとベッドもひとつあるよ」
「へっ!?」
一緒の部屋……一緒のベッドで……!?
「いやいやいやいや、だ、だだだ、駄目だよ! ぼ、ボクはその、遠慮しておくから!」
「そっか」
ハフィは苦笑する。
「まあ、彼が守ってくれるものね」
「う……」
カルが……。
「……うん……まあ……そうなるかな……」
オレのモンだ、とか言って二人を遠ざけてくれそう。いやボクは誰のモノでもないけど!?
「えっとね」
ごちゃごちゃ考えているボクに、ハフィは耳打ちする。
「この船室の裏って、見張りからは死角でね。夜の間は、見張り以外甲板に出ないように言っておくから……」
「……は?」
「波の音で声も聞こえないらしいから、安心してね」
何を? 何の話?
そんなことを訊く間もなく、マトールの少女は「わかってますよ」みたいな笑顔を浮かべて離れていって……。
「はぁぁ………」
ボクは、今回の騒動の最中で――いちばん疲れた声を出すのだった。
以上でこの章は終了です。次回は未定です。




