囚われの精霊
大変中途半端なところで止まっていましたのでこの章の終わりまでは書きました。
あわせて、ここまでの分についてもう少し読みやすいように改稿しておきました。
「よっと」
軽い掛け声とともに、カルが両手それぞれで持っていたモノを投げ出す。
ソレ――全裸のモルダと、そしてナガは、日光に照らされた砂浜にドサリと横たわった。
「いや、しぶてぇな。バラバラにした魔物の腹ん中から出てくるたぁ」
ナガ。モルダの義兄弟で植物学者のマトールの男は、カルの一撃でバラバラになった魔物の残骸の中から、運良く五体満足で見つかった。なんとも仲のいいことに近くに浮かんできたモルダと一緒に回収して、この砂浜――海蝕洞の中でぽっかりと天井の空いた砂浜に運んできたってわけだ。
「えっと、生きてるの?」
「多分な」
無責任な。いや別に彼らに責任があるわけじゃないけど、そこは人としてさ……ええい、ボクがやれってことなんだろ。
近づいて呼吸を確認。二人とも息は……ある。モルダはすぐにも目を覚ましそうだ。だけど、ナガは……。
「体温が低い。温めないと」
とはいえ、見渡す限り砂と岩だけの砂浜。火を起こすことはできない。となると……。
ボクは鞄を降ろして中を確かめる。防水加工した鞄の中は、少しごちゃごちゃしていたぐらいで無事だった。よし……カエンソウの軟膏を作ろう。ちょっと強すぎるかもだけど、こんなに冷え切ってるなら逆にちょうどいいかも。
カエンソウの粉末はある。以前リダンの森のエルフの店で買ったものの一つだ。あとはロウノキの脂と、水……真水か。
「ハフィ……」
水の精霊使いなら。そう思って呼びかけようとして……この場にいないのを思い出す。ハフィの安否は不明だ。カルは大丈夫だって言ってるけど……いや、今はそれどころじゃない。ボクができることをやらないと。
「えっと」
ちょっとあたりを見回すけど、この砂浜、周囲は切り立った崖だ。上の方には木々が見えるけど、普通の人には登れそうにない。この砂浜とその上を行き来できるのは鳥ぐらいなものだろう。とにかく、川や池なんてない。
でも、砂浜だ。……海水なら、ある。
ボクは波打ち際まで行くと、コップで海水をすくった。そして、両手で持って集中する。法力を海水に馴染ませて……真水とそれ以外の部分に錬金術で分ける。
「よし」
これで材料が揃ったので、調合する。真っ赤なカエンソウの軟膏の出来上がりだ。これを塗れば体温上昇の効果が得られる。……あ、どうしよう、ハケ持ってないぞ。素手で塗ったらボクの手も熱くなるし……。
「はっ……おお兄弟!? だいじょぶか冷てぞ!」
どうしようかな、と考えていたら、モルダが目を覚ました。訛のある声でナガを呼びながらその体を揺すっている。
「息はあるみたいだよ。この薬を全身に塗れば、温まって意識を取り戻すと思うけど……」
「おおそな薬が!? ありがて!」
「あっ」
ぱっとモルダが軟膏を奪い取って、ナガの体に素手で塗りたくり始めた。……うん、まあ、義兄弟だし……お任せしようかな。
「あち! あち! これあちあち! ひゃー! ナガこれならすぐよくなんぞ!」
……まあ、後で手を海水で冷やせば、うん。
「やるじゃねえか」
「ま、まあね」
カルがニヤニヤしながら言う。……ボクが躊躇したことが見透かされているんだろうか、と思うとなんだか後ろめたくなってくる。
「そ、それより、ハフィは?」
「言ったろ、水の精霊使いが海でどうにかなるかって。ホレ」
カルが指した先を見ると――そこには、ゆっくりと水面を歩いてこちらに向かってくるハフィの姿があった。杖の先に吊るした水の入ったランタンが、淡く蒼く光っている。
「無事だったんだ」
「うん。でも、船はダメだったよ。バラバラ」
ハフィはふるふると首を振る。そのたびに、短い黒髪の中の銀髪がキラキラと光った。
「そうなんだ。あ、でも、魔物は倒したわけだし、それを知ったらお父さん達が助けに来てくれるんじゃないかな?」
あの大きな船、応急処置だけなら日中には終わるって言ってたし。
「イヤ、そいつはねーな」
「なんでさ」
即座に否定されてムッとする。けどカルは、ニヤニヤと余裕そうに笑う。
「ハ。単純なことだよ。この島を取り巻いてたあの海さ」
海。そういえばひどく荒れていた。ハフィが制御しきれないぐらいに。
「そっか、あれじゃ近づけない……っていうか……ねえ、なんであんなに荒れてたのさ? 近づくまでは何もなかったし、空だって快晴で風もなかったのに」
「水の精霊が暴れてたからだねぇ」
ハフィは静かに言う。
「……そしてその原因は、この島にあるね」
「おっ、オマエも気づいたか。なら話が早ェな」
カルはニヤリと笑う。
「んじゃ、その元凶を拝みに行こうぜ」
◇ ◇ ◇
カルに先導されて、海蝕洞の中を歩く。どうも水に濡れずに歩けるルートがあるみたいで、波を洞窟が飲み込む音を聞きながら進んだ。
「うわっ」
「大丈夫?」
「う、うん……」
と、足を滑らせて転びかけ、後ろにいたハフィに背中を支えられる。うう、恥ずかしい。
「えっと……あのさ、なんで洞窟の中は波が静かなのかな? 島の周りはあんなに荒れてたのに」
話題を変えたくて、疑問に思っていたことを口にする。
「わからない。でも、この海蝕洞……奥へ進むにつれて、水の精霊の力がうまく働かなくなってるような……」
なんだろう。そういう特性のある場所なのかな? 見回してみるけど、普通の洞窟って感じ……いや、壁になんか変な模様があるような? 気のせいかな?
「うし、ついたぞ」
ボクたちが考え込んでいると、カルが急に言って立ち止まった。
「えっ、な、何?」
「ほれ、これで見えんだろ」
カルが光の精霊を奥へ飛ばす。
するとそこには――荒れ狂う水があった。
「これは……」
「水の精霊……ウンディーネ」
ハフィがつぶやく。
水の精霊のひとつ。高位の名と力のある精霊、ウンディーネ。水で形作られた女性の姿。それが洞窟の奥の台座の上、ひと抱えほどもありそうな大きなオーブの中に閉じ込められ、水を生んではぐるぐると動いてかき乱していた。風と波の音に混じって聞こえるこの甲高い金切り声は……ウンディーネの悲鳴?
「ひどい……」
「これが、荒れた海の元凶?」
「あァ。こいつの精霊力が悪さをしてんのさ。……さて」
いつの間にか、カルは手に瓶を持っていた。
「素材採取の時間だ」
「えっ?」
「リストにあっただろ」
リスト。ダークエルフ、カルの一族が助けようとしているひとのための薬を作る素材のリスト。ボクは慌てて鞄からメモを取り出して、確認する。
「あった……狂った精霊の核……?」
精霊には核があると言われる。しかしそれは……。
「……殺すの? このウンディーネを」
精霊を殺さないと手に入らない、らしい。
「アンだよ、コイツに狂ったままでいろってか? 言っとくが一度狂っちまった精霊はもう元に戻んねーぞ。なあ?」
「……うん」
ハフィは小さく頷く。
「彼女は……もう解放してあげるべきだね」
「物分りが良くて助かるね。こっちのツレは甘くてさぁ」
誰がツレだ。
「でも……どうしよう。このオーブに封印されてると思うんだけど、これを解除しないといけない。台座に仕掛けがありそうだけど、わからない……」
「時間をかけりゃなんとかできそうだが、お上品な方法を取ってる時間もねェ。ハフィ、外からコイツの動きを封じられるか?」
「それなら、なんとか……やってみる」
「よし、んじゃやってくれ。後のことは任せてくれていい。んで、マク、オマエはコレな」
「わっ」
瓶を投げて寄越される。なんとか受け取れた。
「核が出たら入れて封をしてくれ」
「わ、わかったよ」
カルの指示を受けて、台座の近くへ。
「………」
ハフィは、杖を構えて何かを口にする。精霊使いだけが本能的に知る精霊の言葉。杖に吊るされた水の入ったランタンが淡く光を増していくと――
「……止まった?」
台座の上、オーブの中のウンディーネの動きが止まる。
「いいぜ、そのままだ。集中しろよ、ハフィ」
カルはそう言うと、目を閉じて額に汗を浮かべるハフィの背後で、弓を構える。
『またタダ働きぃ?』
「最低限でいいから絞り出しな」
『もう!』
弓の中の存在、シルヴィアが文句を言った次の瞬間。白光の矢がオーブを貫いた。オーブが割れて、どっと水が溢れ出す。
「わっ、わっ……!」
ウンディーネは――崩壊していた。オーブごと頭部を貫かれて。そして、核が――核って……?
「核ってどれ!?」
「その光ってるヤツだ!」
……あった! 台座から流されそうになっていた、人の目玉のような紅い宝玉。なんとか瓶で受け止める。
「水がっ!?」
「蓋しろ、蓋!」
宝玉からゴボリと水が溢れ出て、宝玉が浮かんで出ていきそうになる。慌てて蓋をして……止まった。
「はぁ……」
緊張が解けて、ボクは座り込む。なんとかなった……。
「なーに座ってんだ。休んでる暇はねーぞ」
「えぇ……まだ何かあるの?」
「オウ、次はな」
杖に寄りかかってぐったりしているハフィの肩を叩きながら、カルはニヤッと笑って言った。
「逃げるんだよ」




