海蝕洞へ
嵐だった。
いや、空は晴天だったんだけど。風も吹いていなかったんだけど。
──島に近づいたとたん、海が荒れた。
急に曲がったり、大きな波が立って船が倒れそうになったり、渦に飲み込まれてぐるぐる回されたり。とにかく立っていられないし、周囲を見ている余裕もないぐらい振り回された。
「……ッ」
そんな中でもハフィは船首に立ち、必死に水の精霊を操っていた。最初の頃はびくとも揺れなかった船が右へ左へと傾き、自由を失っている……だけで済んでいるのは、ハフィのおかげなのだろう。
ボクはといえば、カルに体を支えてもらってそれを見守るしかなく……モルダはとにかく吐いていた。
「どうした嬢ちゃん、船頭の腕前はそんなモンか?」
波飛沫が打ち付ける中、カルがニヤニヤと笑いながらハフィをからかう。
「さっきからおんなじトコをグルグル回ってっぞ?」
「え、そうなの」
周りに目を向ける余裕もないけど、チラッと見た限りでは、もう見渡す限り周りは海で、違いなんて良く分からない。
「うるさいなぁー!」
船首のほうで、ハフィがきしんだ声を張る。
「島の周り全体で、精霊が暴れてて! こっちの声が通りづらいんだよ!」
余裕のない声。必死の形相で、杖を支えている。ランタンの中の水が淡く点滅していた。
「んじゃ精霊の干渉を受けてねェとこにいきゃいいだろ」
「簡単にいうけどねぇ、どこにそんなとこが──」
「中だ」
カルは島を指差す。
「──海蝕洞の中に?」
「行けんだろ?」
ハフィに向かって、カルはニヤッと笑って……挑発する。
「……わかったよ。振り落とされたってしらないからね!」
「うわっ!」
グンッ
船が急に曲がり、進路を変える。スピードを上げて、波を切る。
波が、海が、船を行かせまいと襲い掛かってくるのを、ハフィは右に左にとさばき、あるいは強引に乗り上げて──
「うわああああああああ!」
ボクの悲鳴と共に、船は島の腹の中へ──海蝕洞へと突っ込んでいった。
◇ ◇ ◇
あぁぁぁああぁぁ……──
ボクの悲鳴が、ゴツゴツした岩肌に反響する。
「頭を低く!」
ハフィの声に必死に姿勢を低くする。船は速度を落とすことなく洞窟の中を進んだ。コウモリか何かが、騒ぎながら頭の上を通過していく……と。
わずかな明かりをさえぎるように、急に前方の暗い海面が盛り上がって──
「うあああああ──」
船が──ひっくり返る。投げ出され──
「うるせえな、ちょっと黙ってろ」
空中で、カルにキャッチされる。ぐるりと視点が上下逆さまになって、動きが止まった。
どうやらカルは、天井から生えている岩の柱を脚で挟み込んでぶら下がっているらしい。で、抱えられているボクも逆さになっているわけだ。いや近い……いやそれよりも。
「なに、今の──」
「魔物のお出ましだ。ったく、食後にしちゃ元気いいじゃねえか」
小さくカルが口笛を吹くと、光の精霊が現われて洞窟の内部を照らす。
ギザギザ、ゴツゴツした狭い天井。穏やかな波の打ち寄せる水面。魔物は──いた。
「うわっ……」
魚? カエルのような目玉を頭の上に貼り付けて、獣の牙のような歯が生えた大きな口をガチガチと鳴らして、こちらを見上げている。
「……あっ! ハフィは? あ、あと、モルダは?」
「水の精霊使いが船から落ちたぐらいでどうにかなるかっつの。モルダは──マ、あとで探してやるかね」
後なんだ。……探すんだ。
「そろそろいいか? 海に落ちたくなきゃ、しっかりつかまってろよ」
「う、うん──」
「シルヴィア!」
ボクが──仕方なく──カルにしがみつくと、カルは弓を構え、その中に住む存在を呼んだ。
『もー、この間無理した分がまだ溜まりきってないんだけど?』
「そいつは悪かったな。マクに文句言ってくれ」
「なんでボク!?」
「一晩お楽しみすりゃ回復するのに、なんだかんだ避けるからだろ? ったく、素直じゃねェな」
誰が、何が素直じゃないだ。この、変態ダークエルフ。こんな状況じゃなきゃ殴ってやる。
「マ、どう見ても雑魚だ。搾りカスで十分だろ」
『労働に見合う報酬を要求する~!』
弓の──シルヴィアの抗議の声を無視して、カルが白く輝く法力の矢を引き絞り──
放たれた矢は、魔物を貫いて海を溶かし、爆発した。
2022/1/11改稿




