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カル&マクのどろり二人旅  作者: ブーブママ
第六章

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船頭の少女

「ほい、乗りなよ」

「う、うん……わわっ」


 ハフィに手を引かれて小船に乗ると、ぐらりと揺れた。


「大丈夫大丈夫。後で()()()()()()()()

「う、うん」


 そんなことあるのかな? 浜辺は浅くて打ち寄せる波も穏やかなのに、平然と立っているハフィと比べて、ボクは全然安定しない。手を引かれるまま、座席に座った。


 続いてモルダ──服を貸してもらってもう全裸じゃない……下半身だけは──がよたよたと乗り込み。


「オラッ、さっさと乗れ」


 その尻を蹴飛ばして、カルが乗り込んできた。


「いてぇよカルの兄貴」

「お前の弟分を助けに行くんだろーが、文句言ってる場合か? アァ?」

「う……わかった。だか、蹴らなッ、おちッ!」


 しばらく不毛な攻防が続いて、モルダも席に腰を下ろした。


「じゃ、行くよぉ」


 ハフィが言って、先頭に立ったまま棒を手にする。櫂──じゃない。棒……杖だ。身長よりも長い杖の先に、紐でランタンが吊るしてある。


 けれどその中には火ではなく、水が入っていた。


「それって何に使うの?」

「ふふ。この水が好きなんだよね」


 ハフィは目を細めて笑うと……何かを呟き始めた。理解できない言葉。それに応じて、ランタンの中の水が淡く光り──


「お? 揺れなくなただ」

「本当だ」


 船の揺れが収まった。ハフィがそっと杖を前方に向けると、帆も櫂も使っていないのに、スーッと船が沖に向かって動き出す。


「これって……精霊?」

「だな」


 ボクの呟きに、隣に座ったカルが頷く。


 精霊使い……水の精霊使い。吟遊詩人の詩によれば、水と風の精霊使いは船乗りに重宝されるという。どちらも船を洋上で自在に操れるからだとか。速度が欲しければ風の精霊使い、真水が欲しければ水の精霊使い、と言われているらしいけど……小舟はすごい早さで進んでいる。


「なかなかやるじゃねェか」

「そうなの?」

「あァ。揺れは少ねェし、出航もスムーズだ。いい腕の船頭だな」


 カルが珍しく人をほめている。それだけ、ハフィは優秀な精霊使いなのだろう。カル自身、精霊使いなわけだし──間違いなく。


「だから船長なんだね」


 ──ハフィたちが付きまとわれている魔物に飲み込まれたのは、モルダの義兄弟、植物学者のナガだった。


 モルダが全裸で土下座をし、地団太を踏んで暴れ、泣き喚いて救出を頼み込んだところ、最初に助け舟を出したのは意外にもカルだった。魔物を退治してもいいと。


 それなら船を出すと言ったのがハフィで、大男はといえば笑うぐらいで特に口を挟むことはなかった。それで、船団の中の小さな小舟を一隻出すことになったわけだ。


「……あのさ」


 風を切って小舟が進む中、ボクはカルに小さな声で訊ねた。


「リストに、海の魔物から採る材料なんてあったっけ?」


 カルは横目で僕を見て、頬杖をつく。


「ねェな──んだよ? オレが何かするときゃ、素材がらみじゃねーといけねェのか?」

「そっ、そういうわけじゃないけど」


 その声が冷たく聞こえて、ボクは聞き方が悪かったと後悔した。


 そうだ、カルだって血の通った人間なんだ、知り合いを助けることぐらいする。損得で考えすぎて、イヤな人間になっていたのはボクの方で──


「ま、ヤらねーと船に乗れそうになかったしな」

「──船」

「言ったろ、船に用があるって」


 そういえば言っていた。


「陸に上がった大きな船は修理が必要だ。間に合わねェ」


 すでに応急処置が始められていたけど、さすがにすぐには出せないと言っていた。


「小船でオレたちだけ送るなら魔物を避けて行けても、帰りが問題だ。さすがにナガを消化して動き出してんだろ?」

「消化って……」

「となりゃ、魔物をヤッた方が話が早い。それに金も使わなくてよくなるしな」

「恩を売るってこと?」

「長旅なんだ、節約できるとこはしねえとな。あんだよ? 文句あんのか?」


 前言撤回。やっぱりこのダークエルフは、イヤなヤツだ。


「仲がいいねぇ」


 船首から、ハフィが振り返って、にまにまと口だけで笑う。


「全然!」

「そうなの?」


 カルはイヤらしいニヤニヤ笑いをして、余裕そうに肩をすくめる。くそう、もう知ったことか。


「ま、魔物はどのあたりに出るの? どんなやつ?」


 ボクはとにかく話題をそらす。いや、聞いておくべき情報だからね、うん。


「あー、でっかい魚の魔物だねぇ。大きくなりすぎて、餌が足りなくなったのかな」

「餌が? 海で?」

「海も広いからねぇ」


 魔物。


 それはこことは違う世界──魔界に潜む魔王に祈りを捧げて契約を交わした生物だ。


 魔界やこちらに住む生来の魔物もいるけど、もう一つ、普通の生物が魔に落ちて魔物となったものがいる。餓えた獣が死の間際に魔と契約して、魔物となって人を食らう……というのはよくある話だ。


 海にはいっぱい食糧があるんだから、飢えたりしないだろう──と思っていたのだけど、違うらしい。


「陸の魔物より凶暴だよ。海じゃなかなか人は食べれないから」


 魔物は、人間の血肉からしか栄養を得られない。


 魔物になることで強靭な肉体や、法術と似て異なる魔術を使う能力などを魔王から与えられ、それをもって人を襲う。んだけど……海で魔物になったら、確かに餌に困りそうだ。海を住処にする人類は少ない。


「で、魔物が帰っていったのはあそこ」


 ハフィが指差したのは、海の上に突き出た大きな岩礁──というか島、だった。


 灰色の絶壁が周囲を覆っていて、船が泊まれそうな場所どころか、上っていけそうな場所もなかった。上部には木々が生えて鳥が飛んでいたけど、鳥以外の生き物はいなさそうだ。


「あそこの島、海蝕洞があるんだ。そこに巣があるのかも」

「かいしょくどう?」

「ん、崖を波が削ってできる洞窟。そのまま船で乗り込める。ただ──」


 ハフィは前を向く。


「気をつけて。あの島の周り、海がおかしいんだ。──荒れるよ」

2022/1/11改稿

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