蛮族の船
蛮族っていったいどんなやつらなんだろう? やっぱり、うかつに近寄ると身包み剥がされるような、盗賊のような集まりだろうか。それとも、言葉もまともにしゃべれないような……裸みたいな恰好をしてる人たち? いや、そもそも人ではない?
……フィンデリオンも無事に引き返してきたぐらいだから、命の危険はないよね?
そんなことを考えながら、カルの背を追って海岸に向かって歩いていくと、その集落が見えてきた。
集落……と言っても、小船が何台か浜に上げられていて、テントがいくつか張られているようなものだったけど。
「こんなところに住んでるの? その……蛮族が?」
「蛮族呼ばわりとは聞き捨てならないな」
「っ!?」
野太い、角笛のような声。
テントの一つがモソッ、と揺れて膨れ上がり、入り口から狭苦しそうにその男は出てきた。
──でかい。
背丈はボクとカルが肩車を──いや、したことはないけど──したぐらい。横幅はカルが三人分。髪や髭がもじゃもじゃで、一見ドワーフのよう。何も羽織っていない筋骨隆々の上半身は日に焼けて真っ黒になっていた。
きょ──巨人?
「またエルフか? 何度来ても答えは変わら……ん?」
黒い髪と髭に埋もれた目が、ギョロギョロと動く。
「ハーフエルフか。なんだ、エルフはこんな小さな交渉役を立ててきたのか?」
小さいとは失礼な──と言いたかったのだけど、実際、彼からしたらボクもカルも小さい。
それに、手には小さな──いや、普通の大きさなんだろうけど彼が持つと小さく見える──包丁を持っていた。うかつなことは言えな──
「ばぁか、エルフがハーフエルフなんて交渉役に使うかよ」
──言った。カルが。ズイッと隣から前に出てきて、フードを取り払い、男を見上げる。
「ましてやダークエルフなんかをな。ダロ?」
すると男は目を丸くして──豪快に笑った。
「ガッハッハ──確かにな! どうやらうるさいエルフどもとは関係ないようだな。ダークエルフと通じていたなどとなったら、大問題だ。ハッハッハ」
全種族からの嫌われ者、ダークエルフを前にしてこんなに笑う人は初めて見た。普通は、怖がるか、嫌がるか、少なくとも係わり合いになろうとしないというのに。
「なんだ? 俺が笑うのが不思議か?」
「それはその、まあ……普通は嫌がるっていうか……」
「確かに、普通じゃないな、ガッハッハ! なに、何度もエルフに嫌がらせを受けていれば、お前たちのような種族のほうがマシに思えてくるものよ」
笑うたびにビリビリと空気が震える。カルは耳に指を突っ込んで口をヘの字に曲げていた。
「それで? 何の用件だ? 見たところ旅の者か。腹でもすかせたか?」
「ええと……」
そう聞かれても。
「……ねえ、何しにきたの?」
「ア? 言ってなかったか?」
言ってない。聞かされてない。ボクが睨みつけると、カルは首を掻いて目をそらした。
「船に用があんだよ。──つか、朝にあった船はどうした? そこらの小船じゃなくてでかいヤツだ。アンタ、船長だろ?」
「ほう、船か。あれなら今は漁に出ているな。しかし、ダークエルフよ、ひとつ間違いだな。俺は船長じゃない」
大男はニマッと笑う。
「俺はしがない料理人よ」
「──はぁ、料理」
確かに包丁は持ってるけど、貫禄というか、体の大きさ的に、詩に聞くところの船長って感じに見える。
「こんなナリだからよく誤解されるがな、ガッハッハ! 巨人の血を引いているとか噂されるが、親もそのまた親もただのヒトよ」
ヒトなんだ。こんな巨体のヒト、はじめて見たけど。
「まあ、船に用があるなら少し待てばいい。そろそろ帰って来る頃合だからな」
「別にデケェ方の船じゃなくてもいーんだが──」
「おお、噂をすればだな」
大男が海の方へ顔を向ける。ボクもそちらを見る──けれども、船の姿はない。
「見える?」
「イヤ……──アァ、見えた。ホレ、あそこだ」
カルが指差す方向を見ても、何も──と思っていたら、水平線からソレは姿を現した。
正確な大きさは遠くてわからないけど、距離からしてもその辺の小船の何倍も大きな船だろう。それが背後に水しぶきを上げ、海を割る勢いでこちらに向かって進んでいる。みるみるうちにその姿は大きくなる。
──のだけど。
「あの──何か、様子がおかしくない?」
船の上に何人か人の姿が見える──のだけど、その動きがおかしかった。あわてふためいて、行ったり来たり、そしてしきりに後ろを振り返っている。
まるで、何かにおびえているかのような──
「そうだな。アレ、止まらねぇんじゃねーか?」
「え?」
「おお、飛ばしているな。あれは止まらんな。ガッハッハ!」
何が──と訊ね返す間もなく、波を切る音と男たちの悲鳴が聞こえてきた。恐怖に青ざめた船員たちが、風よりも速く海面を滑る船につかまり、必死に何かを叫ぶ。
何を言っているのか聞き分けるよりも先に、船がついに海岸に乗り上げ──
「あぶねえっつの」
──跳ねあがった。
ボクのいた場所に落ちてきた船が、ガリガリガリとものすごい音を立てながら、滑って通過していく。これ、カルに手を引かれなかったらボク、そのまま下敷きに──
「後ろ! 海!」
遠く離れて止まった船から女の人の叫び声がして、海へ目を向ける。
一瞬見えたのは、巨大な魚のような尾ひれ。けれどすぐに、それが生み出した大きな波に覆われて見えなくなり──
「うわっ」
「っとォ」
砕けた波が、空を覆った。土砂降りのように海水が降り注ぐ。
もう避けようがなかった。頭から足までずぶぬれだ。大男も、髪から髭からぐっしょりぬらして、大笑いしている。
「うへぇ……」
「トロいな」
そんな中、乾いて立っているのが二人。一体どうやって逃げたのか、外套の裾すらぬらさずにいるカルと──
「んしょ」
水しぶきでできた虹を貫いて空から降ってきた、女の子だった。
「ふー、重かった」
短い黒髪に、ところどころ銀の髪が跳ねている。二色の髪を持つ種族……マトール族だ。
彼女は日に焼けた細い足で着地すると、脇に抱えていた何かを、べしゃり、と地面に投げ捨てた。それはなんともみすぼらしい小男で──って、なんか見覚えが……その特徴的な金と黒の髪──
「も、モルダ?」
──マトール族の男、メンブリムの樹の下で花見をしたモルダが、気を失っていた。
……全裸で。
2022/1/7改稿




