蛮族の噂
その男は、複雑に編みこまれた金髪に、魚の骨を刺していた。
「まったく、野蛮な輩だ。話を聞こうともせぬ」
魚の骨を挿したまま、鼻息荒く怒っている。
「たとえ初対面の相手でも、礼儀は欠かしてはならない。それが人類のあるべき姿ではないか? そうだろう、穢らわしいハーフエルフの娘よ」
お前が言うか。というか、一文で矛盾しないで欲しい。
「……はあ、そうですね」
ボクは魚の骨と格闘するエルフの男、フィンデリオンの言葉に、あいまいにうなずくことしかできなかった。
◇ ◇ ◇
リダンの森のはずれ──
メンブリムの樹から遠く離れ、川に沿って西へ進んで行き、砂利と草むらをかきわけてゆく。見通しのいい向かい側から潮風が吹いてくるようになってきたころ、前方で見覚えのある馬が、三騎並んで草を食んでいた。
もしかして──と見当をつけている間に、その持ち主たちが前方から歩いてくる。
そして、この言い草だ。
「お前もこの先の集落へ行くならば、気をつけるがいい。人嫌いがすぎる蛮族のようだからな」
「何があったんですか」
「我が宿敵の情報を得ようとしただけだ。まともな話にもならなかったがな。おお、そうだ、お前はどうだ? このあたりでダークエルフは見なかったか?」
見たか見てないかというか、さっきまで隣にいた。馬を見たとたんに、どこかに姿を消したけど。
──それにしても、この人、いいかげんボクの顔覚えてもいいんじゃないか?
「いえ、見てないですね」
「フム、そうだろう。闇にまぎれる卑怯な種族だからな。だが、必ず追い詰めてみせる」
フィンデリオンはグッと拳を握る。
「ヤツの首を持ち帰るまでは、決して祖国に帰らんぞ!」
……すごい決意だけど、ほんとに何をしたんだよ、カル。
「行くぞ、おそらくこの辺りにいるはずだ……フハハハハハ!」
そして、二人の騎士を連れてフィンデリオンは去っていった。髪から、取り切れていなかった魚の骨を揺らしながら。
「たく、アイツもしつけぇな」
そして、どこかからひょっこりと、その宿敵のダークエルフ──カルが戻ってきてボヤく。砂利道なのに足音をまったくさせていないのは、いったいどういう仕組みなんだろう。
「なんか、この先に集落があって、野蛮な人たちがいるみたいなことを言ってたよ」
「あァ、聞いてた。つーか、知ってる。見てきたからな」
「えっ、いつの間に?」
「オマエが寝てる間にな」
寝てる間にって──本当に? 朝から今までだいぶ歩いてきたし、とてもじゃないけど寝ていた時間内に往復できるとは思えない。……きっと、高い木から見たとか、そういうことかな?
「アテもなく行く先を決めてるとでも思ったか? ホレ、行くぞ」
「ッ! た、叩くなよ!」
「いーダロ、背中ぐらい。それともケツの方が勢いつくか? アん?」
「ばっ……」
ニヤニヤして手を上げるダークエルフ。応えたら負けだと悟って、ボクはさっさと歩き出した。
「オイオイ、そう怒るなよ」
無視だ、無視。
こうしてボクたちは、フィンデリオンいわく、野蛮な蛮族が待ち構える集落へと進んでいったのだった。
2022/1/7改稿




