流れ川
気がつくと、朝だった。
「う……」
カルに抱えられて夜の森を移動して……ずいぶんとメンブリムの樹から離れたあたりでようやく足を止めて、地面に下ろされて──それで寝ていたみたいだ。
「おウ、起きたか」
眠い目をこすりながら体を起こすと、カルがひょいっと顔を覗いてくる。
「毎度のことだけど、よく寝るよなァ、お前。ナニされても文句言えねえんじゃねェか?」
「うるさい」
ニヤニヤと上機嫌に言うバカを突き飛ばそうとすると、ひょいと避けられた。くそう、いつかひっぱたいてやる。
「釣れねェな。こっちは大漁だっつーのに」
カルはどうやら釣りをしてきたようで、編んだ草に何匹もの魚を吊るしていた。
「焼いてやっから、顔でも洗って来な。すぐそこだぜ、川」
「……そうする」
まだ寝足りない気もするけど、これ以上からかわれたくもない。ボクはあくびをしながら、カルが指した方へ歩いていった。
大き目の茂みを迂回すると、すぐに川岸に出た。川幅も水量も多く、流れは緩やかだ。朝日に輝く水面を、名も知らない鳥が飛んでいく。
「う、冷た……」
水は思ったよりも冷たくて、顔を洗った後の手がほんのり赤らんでいた。
「はぁ……」
「なんだよ、ため息なんかついて」
耳ざといダークエルフが、茂みの向こうから声を上げる。
「あのさ。昨日のことだけど」
「ああ、久々にスカッとしたぜ」
「……確かに楽しそうだったね」
「んだよ、ひっかかる言い方するな? 腹ペコか?」
お腹はすいてるけど、そうじゃない。
「メンブリムのこと、なんで教えてくれなかったのさ?」
「ア?」
「教えてくれたら──まあ、ボクなんか役には立たなかったろうけど。でも心構えっていうかさ、そういうのが……」
「リストはお前も目ェ通してるだろ」
「う」
確かに、見た。ボクが預かってる。でも品目は多いし、見たこともないような物もばっかりで……。
「マ、次は覚えておけよ」
「──わかったよ」
言い訳したら恥ずかしい気がして、ボクは黙ることにした。
「お前の性に合わないかもしれねえが、こういう手を使わねェと手に入らない素材はゴマンとある」
焚火が弾け、魚の焼ける音に混じって、カルが言う。
「騙し、盗み、時には──殺しもな」
「ころ……」
「ヤらなきゃヤられるぜ。誰かが一人で死ぬのは勝手だが、オマエは勝手に死んだら困る。後悔して首をくくるなら、呪いを解いてからにしてくれ」
心臓に手を当てる。二つ分の鼓動がする──ような気がした。
「手段を選ばないのが、ダークエルフの流儀だ」
カルははっきりと言い切る。割り切っているのだろう。ボクは──
「ほれ、魚焼けたぞ。来いよ」
「うん──あ」
「どした」
上流から、ぷかぷかと──何かが流れてきた。
見覚えのある髪色のマトール族二人が、酒樽にしがみついてスヤスヤと寝ながら浮かんでいた。……全裸で。
「なんでもない」
見なかったことにしよう。
ボクはダークエルフの流儀を真似して、焼き魚を食べに戻るのだった。
2022/1/7改稿




