宴の終わり
メンブリムの樹の下に集まった人たちは、最初の方こそ遠慮がちだったものの、すぐに陽気に騒ぎ出した。各々持ち寄った酒やつまみを振る舞い、話に花を咲かせている。
多種多様な人たちが、こんなに近くで花が見れるなんてこれまでなかった、と口々に言っていた。
──で、ボクはというと。
「さ、さ、マクナちゃんも飲みなよ、グイッと!」
ナガに絡まれていた。
「えぇ……」
「グイグイッと!」
すでに目元の赤いナガが、ボクに酒を執拗に勧めてくる。
「これね、ザプル酒、飲みやすいから! ドンドンいけるんだよ」
「はぁ」
「飲んで酔って、それでもってヤらしてください! 大丈夫! 酔ってても人前でも勃つから!」
──何が大丈夫なもんか。
カルは何やってるんだ──と辺りを見回すと、酔客たちに混じって肩を組んでゲラゲラ笑っているのを見つけた。誰かが弾き始めたリラの曲に合いの手を入れていたりする。最初はダークエルフだからって警戒されていたのに、もうすっかり溶け込んでいた。
──ボクが大変だというのに、ずいぶん楽しそうだな。
「ほらほら、マクナちゃん、飲もうよ~。ちょっとだけ、半分だけでいいから!」
目の前に杯が寄せられる。干したザプルを落とした透明な液体。
「──じゃあ、半分だけ」
「よっしゃあ! 卒業だあ!」
ボクは──杯を受け取った。いい加減、適当にあしらうのにも疲れてきたところだった。
杯を両手で握って──集中する。
錬金術。主に液体に働きかける法術の形態。達人は加熱し溶かした岩石の中から金を掬い上げるがゆえ、そう呼ばれている。
それに比べたら初歩もいいところだ──酒と水を二つに分けることぐらい。
ボクは法力を馴染ませたザプル酒を上澄みと酒精に分け、きっちり半分飲み干す。
「はい、お返し」
そのままナガに杯を突き返すと
「やばい間接キスだよねコレ?」
と気持ち悪いことを言いながら、ナガはニコニコして一気に飲み干して──
「アッ、これ効く、すご──ゥン゛ッ」
倒れた。
──うん。めちゃくちゃ濃縮された酒精だから、そりゃそうなるよね。いびきをかいて寝てるから、大丈夫だろう、うん。
「なんだ、潰しちまったのか」
そこへ、ヒョイッ、と──草むらから急に顔を出すウサギのように、カルがやってきた。
「悪いヤツだな、オマエも」
「今頃来て、なんだよ」
「オッ、なんだ? 助けて欲しかったのか? オレに?」
ばかじゃないのか、このダークエルフは。
「そう睨むなよ。そろそろだから来てやったってえのに」
「──そろそろ?」
「オウ」
カルがいやらしく笑った──とたん。
「な、なんだこれは! 何の騒ぎだ!?」
「貴様ら、どこから……ええい、ここは神聖なメンブリムの樹だぞ! 他の種族が近寄っていいものではない!」
「うわっ、エルフだ!」
「ひえええ! 逃げろぉ!」
沸き起こる騒ぎ。あちこちで瓶が倒れて割れる音がし、悲鳴と怒号であふれかえる。
「な、なに……」
「エルフが戻ってきたんだよ。見張りがんな長時間持ち場を離れるわけがねーだろが」
「うわっ」
カルの肩に担ぎ上げられる。
「えっ、ちょっと、ナガはどうするのさ!?」
「さすがに潰れてるの二人も抱えられねーよ」
ナガだけかと思ったら、モルダも潰れてるのか。
「マッ、エルフの良識に期待するんだな」
「でも」
「せっかく狙い通り逃げやすくなったんだ、うだうだ言ってないで行くぞ」
狙い、通り?
担がれた姿勢のまま見下ろすと、カルはニヤニヤしながら手に持った何かを振って見せた。
木の、枝──つぼみ、メンブリムの花!?
「リストにあっただろーが。驚くことかよ」
「あっ」
……あった気がする。カルとボクで探してくるように里から指示された、解呪のための薬の材料のリストに。
「じゃ、じゃあ、今までの騒ぎは全部、メンブリムの花を盗むために……」
「捕まってろよ!」
「うわっ!」
カルが跳び、駆ける。
「ひゃあー!」
「げっ、誰だよ!」
「見えない! 暗い!」
「ええい、鎮まれ、狼藉者が!」
背後で急に光の精霊が姿を消し、暗闇が舞い戻り、混乱と悲鳴がいっそう増す。
夜の森を、カルは──
それはそれは楽しそうに駆け抜けていった。
2022/1/7改稿




