メンブリムの花
「でも俺もぅいやだぜ!」
デカい声で──マトールの丸い男、モルダが叫ぶ。
「兄さん?」
「毎度毎度おめにつきあて来てるけど、こんな遠くからじゃなんもみえねし!」
モルダはそう言って地団駄を踏む。さっきまで大人しくしていたのは、単に不満をため込んでスネていたらしい。
「今日こそ言わせてもらがよ! 俺は学者じゃねからよ、花より酒飲んで騒ぎてぇ! それなに遠くから静かに見ろ? なのも我慢の限界だで!」
「に、兄さん、静かに、エルフに気づかれ……」
「よく言った!」
「──カル?」
パンッ、と膝を打って、カルがニヤリとイヤらしく笑った。
──ああ、もう、間違いなく、悪いことを考えている。
「それでこそ弟分だぜ。よし、チット待ってな」
言うが早いが、スッとカルの姿は暗闇に消えていった。取り残されたボクたちがオロオロと辺りを見回していると──かすかに遠くで声がする。メンブリムの樹の方からだ。
「あ」
見張り達の松明が揺れて、激しく動く。そして、どんどん遠くなって──見えなくなってしまった。それと同時に──。
「──ヨッ、待たせたな」
カルが、ぶらぶらと歩いてメンブリムの方からやってくる。
「カルの兄貴! どこ行てたんだ!?」
「邪魔者を追っ払いにな。今頃アイツら、精霊の光を追いかけてヒィコラ言ってるぜ。マ、あの程度の見張りじゃ、エルフ共もたかが知れるってもんだぜ」
そう言って、カルは光の精霊を呼び出した。さっきよりも強く、まぶしく光っている。
「か、カルの兄貴、そんな強い明かりは──」
「ヘッ、そんな情けねェ顔すんなっつーの。キッチリ引き付けてやったから、しばらく帰ってこねえよ。オラ行くぞ」
オドオドする二人を連れて、カルが歩きはじめる。ボクは──もう諦めてついて行った。
上機嫌なカルに水を差すのもなんだし──失敗してたら、その時めいっぱい非難してやればいいよね?
◇ ◇ ◇
「よーし、飲め飲め! 食え食え!」
メンブリムの樹の根元まで来て──カルは二人に宴会の準備をさせた。そうして自分は小さな光の精霊を呼び出して、木の枝に灯していく。ポッ、ポッ──とメンブリムの花が闇に浮かび上がった。
「わぁ……」
遠くから見えた、白く輝いていたものは花弁ではなく、そこから垂れている花糸だった。
小鳥の尾のように伸びた花糸が、わずかな風に揺られてそよぎ、精霊の光を受けて煌めいている。
「すごい」
なるほど、エルフが独り占めしたくなるのもわかる美しさだ。満開になったらきっと、もっとすごい光景になるんだろう。
「よしゃ、飲むぜぇ!」
「おゥ、飲め飲め!」
──花なんか無視して騒ぎ始める人たちがいると、風情も何もないけど。
カルとモルダが盛り上がり、ナガもエルフたちが一向にやってくる気配がないので混ざり始め。
モルダが故郷の童歌なんかをいい気分で歌い始めると、そのうち周りに人の気配がしてきた。
首を回して確かめてみると……エルフじゃない。どうやらナガの同業者らしい人達。それが一人、二人と、警戒するように近づいてきて、宴会に混ざって──そこからはもう、一気に人が増えた。カルとモルダを中心にして、大きな人の輪ができる。
「こんなにたくさんの人が花見をしに来ていたんだ……」
「都合のいいやつら──とは思わないでくれよ。メンブリムをこんな間近で見る機会なんて、本当にないんだから」
ナガは眩しそうにメンブリムを見て言う。
「いやあ、今年はいい花見になったよ。カルの兄貴には恩ができてしまったなあ」
──そうだろうか。
カルはただ、バカ騒ぎしたかったんじゃないだろうか? だってほら、里ではかなりやりこめられてたし……落ち込んでいたような気もする。
裸踊りをするモルダに、ゲラゲラ笑って手拍子を送るカルを見ていても、ボクはなかなか気分が晴れなかった。
2022/1/7改稿




