遠花見
「メンブリムの開花を狙う学者仲間は結構多いんだ。でも団体で行動すると見張りに見つかりやすくなるし、協調性のない奴らが多いから、バラバラに見に来るんだよね」
ナガの案内で、ボク達は闇夜の中、カルの呼んだ光の精霊の明かりを頼りに、メンブリムの樹の群生地だという場所に向かっていた。
「そうなんだ。……ところでその大荷物はなんなの? 近づくのに必要な道具とか?」
ナガとモルダは大きな背負い袋を背負っている。それだけ準備が大変なんだろうか。
「いや、酒とツマミだよ。花見といったら、ね?」
「ああ……そう」
聞いたボクが馬鹿だった。
「マクちゃんはお酒強い方?」
「ボクは飲まないんで」
「ええー、飲まないなんて損だよ損。マクちゃんがどういう風に酔うのか知りたいなあ、酔ったらやらせてくれるかな?」
「酔わないしやらせないし」
飲めないわけじゃないけど、この三人に囲まれて正体をなくすわけにはいかない。絶対に。
「ばかナガお前酔わせてから聞かねと」
「しまった、そういう手があったのか。さすが兄さん」
「ヘッまあな」
「そんなに頭が回るのにどうして童貞なんだろうねえ」
「うるせ童貞」
──自ら警戒度をあげていく話術が原因じゃないかと思うけど……。
「あー……ところでどうやって開花を予想してるの? 自信があるからそんなに準備万端で来たんだよね?」
「お、そうだね。まずは気候だね、特に冬が大事なんだ」
ナガは得意げに話す。
「冬……雪の量、とか?」
「惜しいね。雪が降る前にどれだけ雨が降るかが重要なんだ。冬を越す前にたっぷり水分を蓄えると、メンブリムも花を作ろうって気になる。それから何種類かの鳥と虫と……あとは月の巡り──っと」
ナガは足を止める。
「ついたついた。この辺で止まって」
「カル兄貴も精霊消してくだせ」
「あァ、いいぜ」
モルダに言われて、カルが光の精霊を還すと、辺りがスーっと暗くなった。とはいえ今日は月が明るくて、ぼんやりとだけど木々の輪郭は見える。
「どのへんだ?」
「えーっと、まっすぐ行って茂みの向こう……見えるかな? あの太くて硬くて大きな樹なんだけど」
「あァ、分かった。ンだよまだ遠いじゃねーか」
「あ、ちょっと!」
カルがスタスタと歩き、それを止めそこなったナガと一緒に後をついていく。
「ホレ、ここだろ。頭下げろ」
目的地により近づいたところで足を止め、姿勢を低くする。茂みの向こうで、松明の明かりが二つ揺れていた。
「ケッ、確かに見張りが居やがんな。二人か。大した装備はしてねぇが……」
僕には松明以外は何も見えないんだけど、カルはしっかり様子がわかるらしい。
しばらくすると松明はフラフラと揺れながら奥の方へ向かい、何かの陰に入ったのか見えなくなった。
「花は咲いているの?」
「どれどれ、見てみよう」
ナガが荷物の中から何か取り出す。──遠眼鏡だ。
「お。咲いてる咲いてる、今年も予想的中だ。ほらほら、見てごらんよ」
そう言って、ナガは遠眼鏡に目を押し付けたままボクに身を寄せてくる。
「……いや、単眼鏡なのに二人で同時に見れないでしょ。普通に貸してよ」
遠眼鏡を借りて、場所を教えてもらって──なんとなく、ここかな? という部分を見つけた。
木の枝の先が、月明かりで白く明るく照らされている。……たぶん。これ、だと思うけど。遠すぎて分からないや。
「間違いなく開花だよ。満開になるまでは、まだだいぶ日がかかるけどね。いやあマクちゃんは運がいいよ」
そう言いながら、ナガとモルダは荷物をゴソゴソやりはじめた。
「何してるの?」
「何って、花見さ。酒とツマミを出すから、兄さんは御座を敷いてくれる?」
「オウもうやてるぜ」
「──えっ。花見って、ここから? こんな遠くでやるの!?」
花なんて遠眼鏡を使って、やっとそれっぽいものが見えるだけなのに!?
「そうさ──しょうがないんだよ」
ナガは眉を下げて言う。
「これ以上進んだら見張りに見つかって森から追い出されるか、許可証がないから牢にぶちこまれるだけ。そんなわけで、遠くから見守るのがメンブリム見物のルールなのさ。これぐらいならエルフたちも許してくれるみたいでね」
ずいぶん寂しい話だ、と僕がガッカリしたその時──そのルールに満足しないヤツが大きな声をあげるのだった。
2022/1/7改稿




