誤解の理由
「やぁ悪かったな」
金と黒の髪。そして今度は丸い顔に丸い鼻。
顎の長い男の次に現れたのは、革鎧を着た背の低いマトールだった。
マトール族。その特徴は第一に毛髪に出る。数多くの種族の中で、多色の髪を生やすのはマトールの大きな特徴だ。家系によってさまざまな組み合わせがあるので、右と左でキッチリ分かれているこの二人は、たぶん兄弟なんだろう。
──体型と顔型はすごく違うけど。丸と棒って感じ。
「ほれお前もあやまれぃ」
「痛いなあ」
キーキーという感じのトーンで、早口でまくし立てながら、丸いのが長いのの背中をバシーンと叩く。対して長いのは、低めののんびりした声でぼやく。
「だってさ兄さん、脱童貞チャンスだったんだよ」
長いのの方が弟らしい。
「アホぅ!」
丸いのがまた叩く。
「人様のモン勝手に盗ろうとすな!」
──ボクはモノじゃないんだけど?
「違うよ兄さん、分けて貰おうとしたんだよ」
「いゃでもな」
「だって性奴隷だよ!」
──ハ?
「いくら性奴隷でも人様のモンには変わらねだろ」
「でも毎日ヤリまくってるなら、一回ぐらいやらせてくれるかもしれないだろう? 一回ぐらい。兄さんだって、一回だけチューさせてくれって僕が頼み込んだら、一回ぐらいならいいかなあってなるだろう?」
「むぅ、ま一回ぐらいなら」
「だったらその可能性にかけて頭を下げてもいいじゃないか。脱童貞だよ? 一皮剥けた男だよ?」
「──確かに!」
二人は──くるっとカルの方を向いて、深々と土下座した。
「「ダークエルフの兄さん! 貸してください! お願いします!」」
──なんだ、これ。
カルを見る。と、カルはプイッと顔をそむけた──って、ちょっとニヤけてなかったか!?
「カル、どういうことなの」
「あァ? なにがだ?」
「その──奴隷とかなんとか。そういえば前もそんな勘違いされた気がするんだけど」
竜のオルネルが捕まっていた街で、ボクは衛兵にそんな誤解を受けていた。
「さァ、なんでだろーなー」
コイツ、絶対わかってる。
……そっちがそうなら、いいさ。えーと、心臓を握りこむイメージで……
「チッ。わーったわーった教えてやるからヤメロ。ったく、面倒な術だぜ」
ボクらの間の不愉快な絆……命を共有する呪いの力を使って脅すと、カルはようやく観念して説明した。
「てか、オマエは娼館とか行ったことねーのか? あん?」
「な、そん──」
「俺はないス!」
「僕もないですね!」
マトールの男たちが何か勝手に発言したけど、とりあえず無視。
「娼館がなんだっていうのさ」
「娼館じゃハーフエルフは重宝されんだよ」
「え? ……どうして?」
ヒトとエルフから疎まれているハーフエルフが……?
「だってよ、ハーフエルフって種なしだろ? つまり、いくらヤッても仕事し続けられる。親に捨てられて食っていけねえハーフエルフは、大抵娼館に行きつくな」
──聞くんじゃなかった。
鼻つまみものとして扱われているハーフエルフ。それを「都合がいい」と利用している場所があるなんて、知らなかった。
「んで、娼館じゃなけりゃ奴隷になってるな。軍隊に随伴したり、有力な冒険者に買われたりだ。もちろん、夜の相手としてな」
「──つまり、ボクはカルに買われた奴隷だと、勘違いされたってこと?」
「勘違いっつーか、ハタから見たらだいたいそう思うんじゃねーの?」
「そスね」
「揃いのマントを着てるから、そういう所有物アピールかと」
な……な……。
「な、なんで言わなかったんだよ!」
恥ずかしいやらムカつくやら──とにかくボクはカルに殴りかかり──あっさり腕を取られて動けなくなった。
「はな、離せよっ!」
「ケッ。言ったところでどうなったってんだよ。通行人にいちいち奴隷じゃありませんよ~、なんて自己紹介するつもりか? バッカバカしい」
ぐい──と引き寄せられ、カルの顔が近づく。
「──他人がどう思おうと、そいつらの勝手だろ? オマエがどう思ってるかのほうが重要じゃねえか?」
「──ッ」
なんとか──
なんとか腕を振りほどいて、ボクはカルに背を向けた。
どう思ってるか? 怒ってるさ。──頭がカッカッするぐらい。
2022/1/7改稿




