飛ぶ二人
「フハハハハハハ! ついに尻尾をつかんだぞ、カルグゥゥゥ!」
大木の生い茂る緑濃い森に、高笑いが響く。驚いた鳥がバサバサと木々から飛び立っていった。
「今日こそ貴様の最期だ! ハーッハハハハハハ!」
「しつけェな……」
カルはうんざりした顔を、腕の中のボクに向けた。
「なんで森のエルフじゃなくて、アイツが出てくんだ?」
リダンの森──大陸最大のエルフの国を、カルはボクを両手で抱えて逃げていた。地上を走る三騎を引き離すべく、大木の枝を跳躍して、とんでもない道順で移動していく。
けれど追っ手もさるもので、木の根で複雑に隆起する地面を、馬を自在に操ってぴったり後……というか下をついてきていた。
「知らないよ──ていうか、前々から訊いてるけど、なんであのひと──フィンデリオンは、カルを追っているのさ?」
金髪を複雑に編み込んだエルフ、フィンデリオン。どこか遠くの地方の貴族だという彼は、カルを殺すと息巻いて、旅の途中いくら撒いてもいつのまにか近くにやってくる。おかげで、同じ街に2日と滞在したことがない。
「まァ色々あったんだよ」
カルはいつも通りごまかす。殺すほど恨まれてるっていうのに……そんなに話したくないんだろうか?
「──ところで、いつまでボクを抱えてるつもりなのさ。近いよ、離れろよ」
「あァ? 仕方ねェだろ。オマエの足じゃ追いつかれっし──なんたって、オレ達は一心同体だろ?」
ボクの脚の裏と脇に手を通し……つまりその、お姫様抱っこをしながら……ニヤニヤとカルがイヤらしく笑う。
「──別に、フィンデリオンならボクを殺したりしないと思うな」
あのエルフが、カルを目の前にしてハーフエルフなんかを気にするとは思えない。あれでいて、根はいい人みたいだし……差別意識は無意識レベルで染みついてるけど。
「バァーカ。確かにアイツはアホだが、部下のほうはデキんだよ。この状況じゃ見逃さねえだろうな」
フィンデリオンに従う二人の騎士。いつも全身鎧に兜をかぶっているから素性が知れないけど──
「……強いの?」
「マトモにヤリたかねェな」
カルは口をへの字にする。この自信家のダークエルフがこう言うのだから、どうやら本当に強いらしい。……仕えている主人は、あんなに残念なのに。
「それじゃあ、どうするのさ? このまま木を跳んで逃げるとか、疲れて落ちて捕まっちゃうんじゃ」
「ハ。こんぐれぇで息切れしたりなんかしねえよ。ヤツらの馬のほうが先にくたばるさ──たァいえ、そんなに付き合ってられるほど暇でもねえ」
カルは顎で森の先を示した。
「あそこだ。しっかり捕まってろよ」
「? なにが?」
ちらり、と顔を動かしてその先を見る。相変わらず森、緑の茂った枝で前が見えない。別に何も変わらないような──
「飛ぶからな」
バサッ──と、枝葉を突き抜けた先に広がる、青空──
「え」
崖だ。飛び出した先は、切り立った崖。遥か下にまた森が見えて──
「ええええええええーッ!?」
カルは、ボクを抱えたまま、枝を蹴って崖から身を投げていた。
「おおおおお、落ちるッ!?」
「落ちねえよ、目ェ開けてみ」
いやいや、落ちてるだろッ!?
「竜のいた街のこと覚えてるだろ。アレの報酬で、法術使いの倉庫を漁る権利を得たろ? ショボかったけど、それなりに使える道具もあってな。例えばこの、落下速度が低下する至法の指輪とか」
ほら落ちて──落ちて……? ……確かに、なんだかぜんぜん風を感じない。
「どさまぎで抱きついてたいなら、そんままでもいいぞ」
「誰がッ!」
抱きついてなんかいたもんか。ボクはゆっくり目を開けてカルから身を離す……まだ抱えられてるけど、とにかく距離を取る。
眼下の森は、ゆっくりゆっくりと近づいていた。ボクたちはどうやら、羽のようにゆっくり落ちているらしい。カルの方を向くと、カルは指輪をした片手をあげていた。その指先から大きな、タイヨウの実のような大きな球が生えている。どうやらあれの浮力で落ちる速度が減っているらしい。
「ワリィな、アバヨ、フィンデリオン!」
カルが後ろを振り返ってニヤリとイヤらしく笑い──
「──って、オイ、マテ」
固まった。ボクも身をよじって後ろをみると──フィンデリオンが弓を構えてこちらに狙いを──
バシュッ!
「マジかよ」
「ヒッ」
矢に貫かれ、カルの指輪の先の球が弾け──ボク達は勢いよく落ち始めた。
2022/1/7改稿




