そして二人旅
「ほんっとありえない」
カルの手に包帯を巻きながら、ボクはもう一度愚痴った。
「カルが裏切ったときにボクを殺せばいいとか、ボクがエルフに捕まったとき里の情報を漏らさないようにカルが自決しろだとか……合理的に聞こえるけど──なんでボクがだよ!」
「条件を受け入れなきゃオマエも口封じに殺されるからだろが」
──そうなんだよなあぁああ!
なんかすごく長たちが、度胸あるな、みたいな態度をしていると思ったら──どうやらボクもカルと一緒に殺される予定だったらしい。
知らなかった──というか知ってたら緊張で口も開けなかったに違いない。
そんなわけで、カルとボクはダークエルフの法術使いに命を共有する呪いをかけられ、ようやく解放されたのだった。
寝床に戻ってきて、カルの治療をして──ああ、どうしてこんなことに。そうしなきゃボクも殺されていたとしたって、でも──
「しっかり治療してくれよ。オレが死んだらオマエも道連れだぜ?」
カルがイヤらしく笑う。
「……ボクがカルを殺すぶんには、ボクは死なないそうだけど?」
「チッ──」
主な目的は、カルが裏切ったときの保険──らしい。
ボクは記憶のすべてを犠牲にすることで、カルを殺すことができると──そう言われた。
「めんどくせェ術かけやがって」
「──なんでそんなことしたのかな」
「温情のつもりか──さもなきゃオレへの嫌がらせか、両方だろ。まァ、オマエの方が信頼できそうだとでも思われたのさ。長たちにはな」
カルは肩をすくめた。
信頼……信頼か。それを勝ち取ったのはいいことなのか、それとも……。
「はあ、なんでこんなことに──」
「こんなことたァなんだよ」
「だって、これからずっと二人で、カルのお祖母さんの呪いを解くために旅を続けないといけないんだよ?」
でないと、ボクらの呪いも解いてもらえない。責務を怠り逃げようとすれば、ダークエルフの追っ手が放たれて殺される。
「オマエがそうするって宣言しも同然だけどな。……それと」
カルはニヤリとイヤらしく笑って、顔を近づけてきた。
「別に同行者を増やしたっていいんだぜ。ずっと二人がいいなら、オレは構わねえけどな」
──!?
「仕方ねぇなあ。どうしても二人旅がいいってんなら、そうするしかねえよなあ。運命共同体だからなあ」
「………」
「ン?」
手順はまず、相手の──心臓を握りこむイメージをして……。
「チョイ待て、オマエ」
頭の中を空っぽに、記憶を忘れていくように……こうかな?
「ッガ!? ぐがががっ──」
「あ、できた」
カルが胸を押さえてじたばたと転げ回る。
うん、どうやら呪いは本当にかかっているらしい。握っていた手を開くと、さっきまで熱かった手のひらが、スーっと冷たくなった。
「変なこと言うからだよ。反省してよね」
「………」
「いやあ、便利になったよね。これでいつでもオシオキできるわけだから」
これで反撃できる手段を得たってわけだ。やったね。
「………」
「──カル?」
カルは倒れたまま動かない。白目を剥いて──って、ウソだろ!? だってボク、全部を忘れてなんていないし──
「ちょ、ちょっと、カル! そんな──」
揺さぶる──力が抜けた体はぐにゃぐにゃと動く──
「ボク、そんな、そんなつもりじゃ──ボクはただ、ちょっとやりかえそうと」
背筋が凍る。ボク──ボクは、そんな軽い気持ちで、ひとごろしを──
「──ック、クク」
「──!?」
「バァーカ、そんぐらいで死ぬかよ」
カルは──何事もなかったかのように起き上がった。
「ビビリやがって──って、オイ、泣くなよ」
「泣いてない」
誰が泣くものか。
「チッ──ったく」
カルが服の袖でボクの目元やら鼻の下やらを拭う。
「……オレの事情に巻き込むつもりはなかったんだがな」
静かに言う。
「ワリィ──迷惑かけた」
「………」
「迷ってたんだ。里の使命をこのまま続けるか、それともオレの……親族の手で終わらせるか。そんなとき、偶然……ゲランドの根腐れ薬を入手できた」
ボクがいた街がゲランドの女王と、それに寄生した魔族に襲われた時。
「オレの今回の旅は、タイヨウの薬を持ち帰ることが目的だった。それでババァの呪いの一部が解除できるはずだった。根腐れ薬はただの気まぐれ。だが……タイヨウの薬をアイツに与えるかどうかってなったとき」
塔に閉じ込められ、呪われて死を迎えそうになっていたドラゴン、オルネル。
「コイツを助けずに、タイヨウの薬を持ち帰ったところで、ババァはまだ解放されねェ。そう考えたらいろいろめんどくさくなってな。ゲランドの根腐れ薬なら確実にヤれるはずだと思ったら……」
カルは、オルネルにタイヨウの薬を与えた。……ボクがそうして欲しいと言ったから。
「……ここに戻って、大樹を根腐れ薬でクソババァごと始末すれば全部終わるはずだったんだがな……まァ、その場合でも二人とも捕まって殺されるのがオチか。ハッ。アイツらソートー、ガンコだったもんな」
カルは首を掻く。
「──オマエに生き残らされちまった」
「……死ぬ気だったの?」
「イヤ。でもまァ、覚悟ぐらいはな。ミロムにゃ一度も勝てたことがねぇし」
──どうやったらボクを巻き込まないつもりだったんだ、このダークエルフは。
「コイツがありゃイケると思ったんだが──」
カルが背中の弓を指す。至法弓──シルヴィアは何も言わなかった。
「奥のさらに奥の手も、コイツ、裏切りやがって」
「──あれって何だったの?」
シルヴィアが──普通の人間のように実体化するところは初めて見た。
弓のまましゃべったり、小さな姿で出てきたりと、そのあたりももう「あたりまえ」として受け入れてはきたけど、それだって「なぜ」なのかはさっぱり分からない。
「あァ──そいつはまだ秘密だ」
けれど──カルはニヤッ、とイヤらしく笑う。
「………」
「そう膨れんなよ。これから知る機会はたっぷりあるさ」
ニヤニヤニヤ、と。
「──長い二人旅が始まるんだからよ」
──こうして。
カルとボクの、二人旅が始まった。
2022/1/6改稿




