裁き
「なんと恐ろしい……」
「彼女の命を……ゲランドの根腐れ薬で……」
ざわ、ざわ──と。
男とも女とも分からない声が、周りからする。けれど見渡してもそこには暗闇があるばかりで、カルとミロムの姿の他は見つからなかった。
声の主は……この里の長たち。
座り込むカルの後ろにミロムが油断なく立ち、ボクはその隣で、カルに出会ってからこれまでのことを長たちに証言させられていた。
──カルの手に負った傷は、手当てされていない。血が止まらないのか、顔色がどんどん悪くなっている。
「──それでこの里に来て……それからのことはもういいでしょう? せめて傷の手当てをさせてください。このままじゃ、カルが」
「ならん──お主も信用はできぬ」
「ハッ」
カルが力なく笑った。
「耄碌してんな。こんなチビに怯えてやがんのか? ……マク、こんくらいどってことねェよ、頭から血が引いてちょうどいいぐらいだ」
「カル……」
「では冷静になった頭で己が行いを悔やむのだな」
声が、冷たく告げる。
「──ミロム、大樹の守護者よ」
「は」
ミロムが短く応える。
「裏切り者を殺せ」
──え?
「ちょっ、ちょっと待って! どうしてそうなるのさ!?」
ボクは暗闇に向かって叫ぶ。なんで、そんな、カルを殺すだなんて。
「彼女の解放は里の悲願」
けれど返ってくるのは冷たい声。
「裏切りは死と決まっている。大樹の命を絶てば彼女も死ぬ──これ以上ない大罪だ」
「いやでも、未遂じゃないですか!」
しん、と辺りが静まりかえる。
「──いや、それはそうだが」
「だったら殺すなんてひどいこと!」
「……甘いな。裏切った時点で死罪だと言っているのだ、ハーフエルフの娘よ」
「これは我らの里の定め。定めを守るからこそ、ここで生きてゆける」
「すなわち里のすべての者のためを想っての決まりだ」
傲慢な口調で告げる長たちに──ムカッとする。
……というかボクは男だからな!
「そんなのだったらカルも同じだよ! 子供たちや里の人たちのことを想って、お婆さんを手にかけようとしたんじゃないか!」
「里の者たちの努力や心情をはからぬ、身勝手な想いだな」
「じゃああなたたちは、カルの気持ちを考えてないじゃないか! カルだって里の一員なんでしょ!?」
あんな真剣なカルは見たことがなかった。カルはきっと、すごい決意をしたんだ。
「──ではお前も、彼女に死ねというのか、ハーフエルフの娘よ? 我々を救ってくれた恩人に」
「あ、それは違う」
「──は?」
うん、違う。それは違うね。
「人を殺すなんて間違ってる。カルは子供たちのためだと想ってやったみたいだけど、そんなの大間違いだ。だから、カルはふてくされてないで、早く謝らないと」
「オイ──」
「で、それはそれとして、子供が死ぬような訓練を強いてるあなたたちも間違ってると思う」
どっちかが正しいなんて思わない。この里は、みんながみんな、想いをすれ違わせているんだ。
「……よそ者の言いぐさだな。腕が立たねば里を出てもエルフに捕まり、ひいては里を滅ぼす。かといって弱き者を里にとどめれば、待つのは飢えによる死よ。──我々は、木を食わねば命は繋げないのだ」
「お主には分からぬだろうがな、ハーフエルフの娘よ」
「それとも妙案でもあるというのか?」
声たちが、からかうような調子で言う。──ああ、分かってるよ。
「ないよ」
ボクがすぐに答えを見つけられるぐらいの事なら、とっくに解決してるってことぐらい。
「ないけど──カルを殺すのは、絶対間違ってる」
ボクはカルの隣に行って、その頭をゴンゴン地面に押しつけた。
「ほら! このとおり本人も反省してるので!」
「……オイコラ」
ゴン、ゴン
「殺すなんて言わないで、許してあげてください!」
ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン、ゴン──
「──ああ──ゴホン。ハーフエルフの娘よ、とりあえず手を止めよ」
しばらくしてようやく──長たちの声があった。
「カルグよ。二度と彼女に害をなさないと誓うか?」
「それはもう!」
「オメェが答えるなよ……」
カルはボクの手を振り払うと、ため息を吐いて耳をほじった。
「誓うもなにも、二度目を許すようなタマじゃねえだろ、コイツは」
カルに指されたミロムは、軽く肩をすくめた。
「ではお前の望み──里の解放へと導く手段も分かっているな? もはや彼女を呪いから解放するしかないと」
「そーなるな」
「──我らとて貴重な外回りの人間を無闇に減らしたい訳ではない。いいだろう──次の条件でお前の任務への復帰を赦そう」
ぞわ──と。
なぜか、身体中の毛が逆立った。
あれ、なんか、嫌な予感が──
「そのハーフエルフの娘と命を共有する術を受けよ」
2022/1/6改稿




