子の世代
緑にあふれた広場の中心、輝く大樹の幹の中に──
「女の……ひと?」
女性のような形が、彫り込まれていた。顔と上半身の一部だけが、木から生えているようにも見える……いや……それにしては精巧すぎる。まるで……痛みに耐えるような表情で眠る……ダークエルフの女性。
「カル……これは?」
「ダークエルフは木を食う時、眠ってるのと近い感じになる。コイツは自分の情報をわざと流して、食事時をエルフに襲わせた。……まさかこんな形で封印されるとは思ってなかったろーがな」
カルと二人で、その人を見上げる。
「封印……ってことは、これ……生きてるの?」
「ああ。木に生かされてる。同時に、食われてもいるがな」
カルの声は冷たい。
「ウチの部族がここから離れられない理由はコレだ。コイツのために里を固定し、精霊に頼ってまやかしの術をかけている」
「恩人──だから?」
カルの部族のダークエルフが、エルフのお姫様を暗殺し……その報復を引き受けて事態を収めた、ダークエルフの調停者。
「そう思い込んでるのさ」
カルは肩をすくめる。
「そして、呪いを解いてコイツを解放することを、部族の義務だと──使命だと考えている。ガキの命を犠牲にしてでも果たすんだと」
カルは懐から薬瓶を取り出しながら、大樹の根元に向かう。
……あれ? あの薬って──
「くだらねえだろ? だから──」
ゲランドの──
「オレが終わらせてやる」
根腐れ──
「ッ!」
カルが──急に手を押さえて跳び退いた。ボタボタと赤い──血が地面に落ちる。よく見ると、手の甲に短剣が刺さっていた。
「カル!?」
「見ていないとでも思っていたか?」
どこからか、影が降ってくる。カルと大樹の間に立ちふさがる、ダークエルフの女性──ミロム。
彼女は、初めて会ったときのからかうような顔とは違う──表情のない顔をしていた。
「……!」
カルは──ミロムに応じずに薬瓶に向かって身を投げ出した。同時にミロムの姿が霞んで──目にもとまらない攻防。ボクの目では何がどうなったのかわからないうちに、カルはミロムに組伏せられていた。
「クソ、離せ!」
「……お前は昔から、里の方針に反対していたな。口には出していなかったが、目はごまかせない。黙って聖域に近づくなど──どうせこんなことだろうと思ったよ」
グイ、とミロムがカルの顔を地面に押しつける。──あのカルが、身動きひとつできないでいた。
「毒薬か呪いの類か──バカなことをしたものだ」
「バカはテメエらだ。こんなヤツのために何人も犠牲にしやがって──だいたい、あの時代を生きてねェ子どもにゃ関係ねえだろうが!」
「それが祖母に対する言葉か?」
祖母?
「ああ。彼女はカルグの祖母にあたる。……これは祖母殺しをしようとしたのだよ」
ミロムがボクを見て説明した。
「里の想いを裏切って、な。まったく……お前ひとりの行いで、これまでの苦労や彼女の功績を無にするなど──思い上がったものだ」
「だからなんだ? 血族がケリつけてやろうっつうんだ、それでいいだろうが。だいたい封印されてなかったら、年齢的にとっくに往生してんだろーがこのババァは!」
カルが、聞いたことのないような──怒りの声をあげる。
「当事者はともかく、オレたちが縛られる必要なんてねえだろ!」
「当事者だとも──この里に生まれたこと、それ自体がな」
ミロムは──平坦な声で諭す。
「里があるのは……我らが生まれたのは彼女の行動あってこそ。だからこそ彼女の呪いを解き、恩を返さねばならない。たとえ──誰かが関係ないと言っても、少なくとも私は──」
「テメェが一番関係ねえんだよ!」
カルが吼えた。
「暗殺者の姪ってだけで、テメェは何もしてねえだろうが!」
「──叔母の過ちは、唯一の血縁が正さねばならん」
静かに──ミロムは揺るがなかった。
「諦めるのだな。これから長たちに沙汰を問おう」
「クソ──まだだ!」
カルが叫ぶ。
「出ろ、シルヴィア! アレをぶち抜けッ!」
広場に響く、大きな、悲しい怒鳴り声。
「──もうやめよう、カルグ」
光。輝く銀髪と抜けるような白い肌の、長身の少女がいつの間にかあらわれて、カルの側に立っていた。
あれは──シルヴィアだ。いつもの弓よりも小さな姿ではなく、実体化した人間大の姿で膝をついて、ミロムに組み伏されたカルの頭を撫でる。
「やっぱり、ひとりで決めるのはよくないわ。里の人たちのこれまでの想いだってあるんだから」
「うるせぇ、いいからやれッ!」
シルヴィアは──目を閉じて首を振り、虚空に消えた。
「──ッ」
カルの体から……力が抜けた。ミロムが体を離しても、身じろぎもしない。
「それでは、長たちの下へ来てもらおうか。──君もな、マクナ、錬金術師よ。証言してもらおう。この薬のことについて……」
2022/1/6改稿




