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カル&マクのどろり二人旅  作者: ブーブママ
第四章

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35/53

子の世代

 緑にあふれた広場の中心、輝く大樹の幹の中に──


「女の……ひと?」


 女性のような形が、彫り込まれていた。顔と上半身の一部だけが、木から生えているようにも見える……いや……それにしては精巧すぎる。まるで……痛みに耐えるような表情で眠る……ダークエルフの女性。


「カル……これは?」

「ダークエルフは木を食う時、眠ってるのと近い感じになる。コイツは自分の情報をわざと流して、食事時をエルフに襲わせた。……まさかこんな形で封印されるとは思ってなかったろーがな」


 カルと二人で、その人を見上げる。


「封印……ってことは、これ……生きてるの?」

「ああ。木に生かされてる。同時に、食われてもいるがな」


 カルの声は冷たい。


「ウチの部族がここから離れられない理由はコレだ。コイツのために里を固定し、精霊に頼ってまやかしの術をかけている」

「恩人──だから?」


 カルの部族のダークエルフが、エルフのお姫様を暗殺し……その報復を引き受けて事態を収めた、ダークエルフの調停者。


「そう思い込んでるのさ」


 カルは肩をすくめる。


「そして、呪いを解いてコイツを解放することを、部族の義務だと──使命だと考えている。ガキの命を犠牲にしてでも果たすんだと」


 カルは懐から薬瓶を取り出しながら、大樹の根元に向かう。


 ……あれ? あの薬って──


「くだらねえだろ? だから──」


 ゲランドの──


「オレが終わらせてやる」


 根腐れ──


「ッ!」


 カルが──急に手を押さえて跳び退いた。ボタボタと赤い──血が地面に落ちる。よく見ると、手の甲に短剣が刺さっていた。


「カル!?」

「見ていないとでも思っていたか?」


 どこからか、影が降ってくる。カルと大樹の間に立ちふさがる、ダークエルフの女性──ミロム。


 彼女は、初めて会ったときのからかうような顔とは違う──表情のない顔をしていた。


「……!」


 カルは──ミロムに応じずに薬瓶に向かって身を投げ出した。同時にミロムの姿が霞んで──目にもとまらない攻防。ボクの目では何がどうなったのかわからないうちに、カルはミロムに組伏せられていた。


「クソ、離せ!」

「……お前は昔から、里の方針に反対していたな。口には出していなかったが、目はごまかせない。黙って聖域に近づくなど──どうせこんなことだろうと思ったよ」


 グイ、とミロムがカルの顔を地面に押しつける。──あのカルが、身動きひとつできないでいた。


「毒薬か呪いの類か──バカなことをしたものだ」

「バカはテメエらだ。こんなヤツのために何人も犠牲にしやがって──だいたい、あの時代を生きてねェ子どもにゃ関係ねえだろうが!」

「それが祖母に対する言葉か?」


 祖母?


「ああ。彼女はカルグの祖母にあたる。……これは祖母殺しをしようとしたのだよ」


 ミロムがボクを見て説明した。


「里の想いを裏切って、な。まったく……お前ひとりの行いで、これまでの苦労や彼女の功績を無にするなど──思い上がったものだ」

「だからなんだ? 血族がケリつけてやろうっつうんだ、それでいいだろうが。だいたい封印されてなかったら、年齢的にとっくに往生してんだろーがこのババァは!」


 カルが、聞いたことのないような──怒りの声をあげる。


「当事者はともかく、オレたちが縛られる必要なんてねえだろ!」

「当事者だとも──この里に生まれたこと、それ自体がな」


 ミロムは──平坦な声で諭す。


「里があるのは……我らが生まれたのは彼女の行動あってこそ。だからこそ彼女の呪いを解き、恩を返さねばならない。たとえ──誰かが関係ないと言っても、少なくとも私は──」

「テメェが一番関係ねえんだよ!」


 カルが吼えた。


「暗殺者の姪ってだけで、テメェは何もしてねえだろうが!」

「──叔母の過ちは、唯一の血縁が正さねばならん」


 静かに──ミロムは揺るがなかった。


「諦めるのだな。これから長たちに沙汰を問おう」

「クソ──まだだ!」


 カルが叫ぶ。


「出ろ、シルヴィア! アレをぶち抜けッ!」


 広場に響く、大きな、悲しい怒鳴り声。


「──もうやめよう、カルグ」


 光。輝く銀髪と抜けるような白い肌の、長身の少女がいつの間にかあらわれて、カルの側に立っていた。


 あれは──シルヴィアだ。いつもの弓よりも小さな姿ではなく、実体化した人間大の姿で膝をついて、ミロムに組み伏されたカルの頭を撫でる。


「やっぱり、ひとりで決めるのはよくないわ。里の人たちのこれまでの想いだってあるんだから」

「うるせぇ、いいからやれッ!」


 シルヴィアは──目を閉じて首を振り、虚空に消えた。


「──ッ」


 カルの体から……力が抜けた。ミロムが体を離しても、身じろぎもしない。


「それでは、長たちの下へ来てもらおうか。──君もな、マクナ、錬金術師よ。証言してもらおう。この薬のことについて……」

2022/1/6改稿

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