暗殺者
「カル、どこ行くの?」
ぴたり、とカルの背中が止まった。
「──起きてたのか」
「なんだか寝られなくて。それに身支度してるからどうしたのかなって──」
里の外の話を喋りまくって、ようやく解放されて、寝床──といっても地面に毛皮が敷いてあるだけなんだけど──に案内されて。
なんだか興奮してしまったのか、なかなか寝付けないでいた。横になって、夜でも物がはっきりと見える周囲に目をやっていたら……カルが立ち上がったのに気づいて、思わず声をかけた。何だか、よくわからない違和感があって。
「あァ……ん」
カルは、背中を向けたまま首を掻いて──
「しゃーねェな、ついてこい」
とだけ言ってまた歩きだした。ボクは慌てて起き上がって、それについていく。
「喋ってもかまわねーが、大声は出すなよ」
「ああ──子供たちが起きちゃうといけないよね、わかった」
夜中だからね……たぶん。相変わらず、物が影を作らずはっきり見えるこの里の中は、夜なのか昼なのかもよく分からない。なんとなく、遠くの方が見えづらい気がするし……たぶん、夜。
「それで、どこに行くの?」
「どう思ったよ?」
ボクの問いに答えず、カルが訊いてきた。
「どうって?」
「この里のことだよ」
「ああ──思ったより人が少なかったけど、子供はみんな楽しそうでいい雰囲気だったね」
「外から人が来ることがねえからな。外回りのヤツに話を聞くのがアイツらの唯一の娯楽だ」
「みたいだね。あとは……一人前になれないと死んじゃう、っていうのは驚いたけど。でも、脅しみたいなものでしょ?」
「脅しね」
カルは立ち止まって、空を仰ぐ。
「2人減ってた」
「え? 何が?」
「ガキどもさ。この間は、もう2人いた。誰も口にゃしちゃいねえが、まァ──死んだな」
死──
「ど、どういうこと? え、い、一人前になれなかった……から?」
「試験を受けるような歳でもなかったが……ある意味間違っちゃいねェな。訓練中に死んだんだろ」
「え……は?」
カルの言うことがよく分からない。
「里の中で……訓練をしていて、死ぬ……子供が?」
「ヒトの街じゃなかなかないコトらしーな。平和なことだ」
「いや、そりゃ……事故とかで死ぬ子供はいるけど、訓練で死ぬようなことなんて……」
「オマエになついてきたアイツ……グリズナか」
カルはゆっくりと歩きだす。
「アイツ、今の時点で並の冒険者を数人相手にしても、余裕で全滅させられるぜ。そうできるように訓練で鍛えられてる──そうでなきゃこの里じゃ生きられねえ」
ぞっとした。話の内容より、なにより──カルの冷たい声に。
「使命を果たすため。その事だけを教え込まれて、周りのヤツがくたばっていく中、血ヘドを吐いて生き抜いてんだ。今日集まったヤツらから実際外に出ていけるのは良くて2人だろーな。……さて、どう思うよ?」
「……そこまでしなきゃならない使命って、いったいなんなのさ」
マトモじゃない。
いったい何があれば、そんな──子供をほとんど死なせるようなことができるんだ。
「そうだな。……オマエも知ってるだろ?」
カルは唾を吐き捨てて言う。
「百年ぐらい前の話だ。──エルフの王女をダークエルフが殺したってやつ」
「え? ああ、うん。この間話題にしたね」
エルフとダークエルフの関係に、修復できない亀裂の入った事件だ。
ここリダンの森を治める王国のお姫様が、成人を迎える前に森の外へと出奔した。その後悪い人間に騙されて大陸を移動したお姫様は、火山の麓でダークエルフによって暗殺されたという。
「アレをやったのはな──この部族のヤツだ」
「──え、ええっ!?」
「騒ぐなっつってんだろ」
ボクはなんとか口をふさいだ。
「……なんで、お姫様を暗殺したの?」
「その頃、エルフとダークエルフの関係はまァ……良くなかった。今もだけどな。そこに王女が森を出たって話が広まって、それを機会と見て暗殺が計画された──ウチを除いた、リダンの森のすべてのダークエルフの部族でな」
「……え? でも、ここの部族のひとが暗殺したって話なんじゃ?」
「ウチは数少ない穏健派だったんだよ。だから暗殺を防ぐために、護衛を派遣した。──ところがその護衛がヤりやがったのさ」
カルは唾を吐き捨てる。
「な、なんで? どうして護衛が暗殺を?」
「知るかよ。とにかくソイツは里の命令に逆らってまで王女を殺した。んで、ダークエルフはエルフの復讐の対象になった」
カルは静かに続ける。
「森全体で激しいダークエルフ狩りが行われて、種族が全滅させられるかどうかって時、ひとりのお人よしが名乗りを上げた。ダークエルフの部族間の交渉役をやってた女なんだが──まァ、ダークエルフにとっちゃ、エルフの王女ぐらいの重要人物だ。ソイツがウチの部族を騙って、犠牲になった。それでようやく事態が収まったわけだ」
「犠牲って──殺されたの?」
「それなら苦労はねえな」
──まぶしい。
急に、前方が明るくなった──光が射している。
よく見たら、周りの木々も白くなく、緑の葉を繁らせていた。
「ソイツはエルフに呪われ、封印された──」
緑の木々の広場の中央に──
「そこの木の中にな」
光を放つ大樹があった。
2022/1/5改稿




