里の子供
「なーなー、空なんか見てどうしたんだ?」
「えっ、ああ、うん」
──びっくりした。
にゅっと視界の中に顔を出してきたダークエルフの少女に、そうと悟られないうちに答える。
「ここはずっと空が暗いから、日が落ちたかどうかわからなくて」
「ははー、なんだそんなことか!」
銀の髪に黒い肌、赤い瞳の少女──グリズナは得意気に胸を張った。
「この森は光の精霊が守ってるからな! 太陽や星の光を──ねじ曲げてるんだ。昼も夜も物は見えるようになってるけど、微妙に明るさが違うんだぞ。目が慣れちゃうから気づきづらいけどな! そうそう、物は見えても影は落とさないから、方角がわかんないだろ? 万一誰か入ってきても、迷って出ていくことになるわけ、すごいっしょ?」
「う、うん、確かに迷いそうだ」
日が──たぶん落ちてから。
カルとボクは、広場でダークエルフたちと車座になって食事をしていた。その大半は子供で、その中でもグリズナが一番大きくてよく話しかけてくる。──大きいとはいえ、どうみても十歳ぐらいなんだけど。
十歳ぐらいなんだけど──膨らみかけた胸を、ミロムと同じような格好で──だから──顔を合わせづらい。つい、空に視線を逃がしてしまう。
「そんなことよりマクナ、マクナの話をもっと聞かせてよ。森の外の話はいくら聞いても無駄にならないって、ミロムも言ってたし」
「そう言われても──だいぶ話したよ。旅に出るまではずっと街で暮らしてたから、そんなに話の種がなくって……」
だいたい同じ話をもう三度はしてる気がする。いい加減顎も疲れてきた。
「そんなこと言わずにさー、ほら、肉あげるから肉。食べなよ。あたしが狩ったやつだぜえー?」
「お腹もいっぱいだよ。──そういえば」
ボクは不思議に思っていたことを持ち出して話を逸らす。
「君たちは食事をするんだね。カルは全然食べないのに」
「そりゃーねー、しかたないよ」
うんうん、と周りの子どもたちも頷く。
「子供は木を食べられない決まりなんだ。外にいけるようになった大人だけが許されてるの。でないと、すぐに木がなくなっちゃうじゃん?」
「え、そうなの? でも……ダークエルフって、木の命を食べないと生きていけないんじゃ」
「うん。あたしたちは今、お母さんから譲り受けた命だけで生きてる」
グリズナは、胸に手を置いて言う。
「一人前になって、ようやく木が食べられるんだ」
「えっと……それって、一人前になれなかったら?」
「命が尽きて死んじゃうね」
あっさりと言うグリズナに、ボクは衝撃を受ける。
「だから一人前になれるように、訓練をいっぱいしてるんだ。狩りはその一環! お腹に物を詰め込めば、なんとなく満足感は得られるからね、それで我慢だよ」
得られない栄養を腹の中に入れて、耐えて……。
「……訓練?」
「うん。里の使命を果たすにね! 一人前になるために、いろいろやるんだよ! 武術だけじゃなくて生存術にいろんな知識──なんでも、ひとりでできるようにならなきゃ!」
グリズナはどこか誇らしげに言った。
「そしていつか里を出て、使命のための旅をして、次の世代を作って帰ってくる。それがあたしたちの目標なんだ」
グリズナが──ずいっ、とこちらに近づいてきた。ていうか近すぎ──腰がくっついてくる。
「だからさ、マクナ。協力してよー」
「あ、えと、里の外の話なら──」
「じゃなくてさあ、子作りしようよ!」
「うぇえええええっ!?」
は!? え!?
「あたし、大人になったらイイ女になってるからさ! 予約!」
「いやあのその、そのっ」
すると、ドッと周りの子供たちが笑った。
「ばかだなーグリズナ、ハーフエルフは種無しだから子ども作れないんだぞ」
「うっ──し、知ってたし! これは誘惑の訓練だし!」
「なら、なおさらダメじゃん!」
「な! ソイツ、男っぽいけど女だぜ!」
なんだと。
「え、うそ、だって──」
グリズナは、うろたえてボクをじろじろ見て──
「ごめんなさい」
──頭を下げて謝った。耳が垂れて、シュンとしている。
いや、ボクは男で──って言ったところで、じゃあどうしたいんだボクは。蒸し返したいのか?
したいのか? ──予約。
「──い、いいよ、気にしないで……」
後ろでカルが声を殺して笑っている気配がした。くそっ……いつか見てろよ。
「そ、それより──そうだ!」
ボクはなんとか話題を変えようとする。
「さっきから何度も言っているけどさ、使命ってなんのこと?」
「あれ、カルグから聞いていないの?」
聞いてない。というか、カルも関係ある話だったのか。
グリズナはキョロキョロ辺りを見回して──
「ダメだ」
少し離れた場所にいた大人のダークエルフ……片腕のない老いた男が釘をさした。
「協力者であろうと、我らの使命を話してはならん」
「だってさ。ごめんねー」
背後でカルが肩をすくめ、グリズナが申し訳なさそうに笑う。
──なんだか気まずい空気になってしまった。
「ね、ね、それよりさ! 小さい頃の話でもいいから──」
そして子供たちが寝付くまで、ボクはまた里の外の話をさせられるのだった。
2022/1/5改稿




