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カル&マクのどろり二人旅  作者: ブーブママ
第四章

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32/53

白い森

 その森は──白かった。


 街の検問を抜けて数日。カルに案内されて森を歩いていると、急に辺りの様子が変わった。


 これまではごく普通の緑に溢れた森……と言ってもリダンの森はその彩度がすごかったんだけど……とにかく、突然、急に、何の前触れもなく──周囲が白く変わった。


 木が白くボロボロになって、葉の一枚もつけていない。


 ──そして、そんな木々の枝の間から見える空は暗かった。これまでずっと日が照っていたのに、夜空のような黒い空で……それなのに、木々や地面なんかはハッキリと見える。


「え、何!?」

「まやかしの術がかけてあんのさ」


 慌てるボクに、カルがククッと笑いながら言う。


「ここがオレの里だ。ここは決まった手順で踏み込まねえと入れないようになっててな……エルフにも気づかれちゃいねェ」

「だから、エルフの森の中に里があるんだ」

「ま、リダンの森は広いからな。エルフだって全てを把握してるわけじゃねェ。……ああ、そうだ。ほれ」


 カルがすぐ横の木を叩くと、木はそこからぽっきりと折れて倒れた。とさ……、と、ものすごく軽い音がする。


「これが、ダークエルフが食った後の木だ」

「これが……」


 ダークエルフは木の命を食べる。食べられた後の木は白くて……焼いた後の炭のようだった。けれど灰のように見えるだけで、これは畑の肥料にすらならないという。一切の命のない残骸──少し寒気がした。


「こんなにたくさん……」

「オレたちの部族はここから動けねえからな。食いカスが目立つようにもなるさ」


 カルは肩をすくめる。


「こうなっちまうから、他の部族は常に移動してる。新しい木も、これじゃ育たねえからな。……この森で食える木は減るばかりだ。……いずれ里のヤツらは飢え死にだな」

「え? 別に、里の外に食事しに行けばいいんじゃない? パッと行って帰れば……」

「気を食うのには時間がかかんだよ。その間無防備になるし、とてもじゃねえが守りがなきゃやってらんねェが……それを許すエルフでもねェからな」


 時間がかかるなら、エルフたちも人数をそろえて阻止しに来るか。


「それじゃあ、木がなくなったら里を移せばいいんじゃない?」

「それができりゃな」


 カルは口をへの字にした。……何か事情があるみたいだけど、簡単に訊けそうな雰囲気じゃなかった。


 なので、話題を変える。


「えっと、ところで里の居住地はまだ? 住んでる人はいるんでしょ?」

「あァ、いるぜ。──だいぶ前からな」


 するとカルは足を止めて、空を見上げた。


「降りてこいよ、ミロム」

「へ?」

「フッ」


 白い枝の間から──影が降ってくる。


「うム」


 カルと同じ銀の髪、黒い肌、赤い瞳。


「少しは成長したようだな」


 ダークエルフの女性が、腕を組んで立っていた。


「よく言うぜ。分かるようにわざと気配を出してたクセによ」

「そこまで気づけたなら上出来だ」

「チッ──試すようなマネしやがって」

「試しもする。そら、それだ」


 カルに向けて挑発的な目をするそのひと──ミロムは、ボクを指す。


 ──ボクはあわてて目をそらした。


 だって、このひと、組んだ腕からこぼれそうな胸をして──それなのにくびれた腰もしなやかな手足も、ほとんど隠してない格好をしてるんだもの。いや、胸を隠すのに、布帯って──その──


「部外者を連れ込んできたのだから当然だろう? まあ──」

「わっ!?」


 音もなく近づかれて、頭を撫でられる。


「こんなウブな小娘に何ができるとも思わんがな」


 ──ってボクは男だ! 男だから──その、そんなに近づくのは、谷間が──


「さて女を連れてきたということは、ようやく部族の務めを果たす気になったということか?」

「バカ言え。ソイツは協力者だよ、錬金術師だ」

「そうか、だろうな」


 ミロムは肩をすくめて──


「お前が趣旨変えするとは思えん。残念だ。こんなにかわいらしいというのに」

「ひゃあああ!?」


 抱きつかれ──頬擦り──背中に胸が──や、やわらか──


「とはいえ、他のものにはそう説明したほうが受けがよいぞ? お前が義務を受け入れる気になったのだと、歴々は安心するだろうからな」

「ぎっ」


 ボクはなんとか──頭なでくり地獄から抜け出す。荒くなった呼吸をごまかすため、とにかく質問した。


「ぎ、義務って、なんのことですか」

「子作りだ」

「ブバッ」


 ──鼻水が爆裂した。


 こ、こ、子作りって──それってその──


「我が部族は数が少なくてな。外から新しい血を入れることが必要であり、義務なのだ。お前が男なら私が子種を受けてもよいが──」

「ひぃっ!」


 距離を取ったつもりがいつの間にか近くにいて──首筋を撫でられた。ゾワッ、と背筋が泡立つ。


「旅の道連れがカルグでは身をもて余しているだろう? 今夜は私と寝るか? 私はその男と違って、カワイイ者なら男女どちらでも構わないぞ」

「ぼ、ぼぼ、ボクは──」


 舌なめずりするミロムが──


「そこまでにしてくれや」


 ──ひょい、と。ボクは首根っこを掴まれて、一瞬の後にはカルの隣にいた。


「オマエに壊されちゃ困る」

「なに、手加減するとも」

「だいたいハーフエルフ相手じゃ義務もクソもねぇだろが」

「それもそうだな──わかったわかった、そう睨むな」


 ククッ、とミロムが挑発的に笑う。カルは小さく舌打ちした。


「守護者のテメエが、わざわざからかいに来たのか?」

「もちろん、そうだとも──お前はからかいがいがあるからな」

「あァ?」

「もちろん今、喧嘩も売ったぞ。買うか?」


 カルは──口をへの字にした。ミロムはまた、ククッ、と楽しげに笑い、道の先に立つ。


「さあ、ハーフエルフの少女よ。案内しよう──我らが灰の部族の里へ」

2022/1/5改稿

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