白い森
その森は──白かった。
街の検問を抜けて数日。カルに案内されて森を歩いていると、急に辺りの様子が変わった。
これまではごく普通の緑に溢れた森……と言ってもリダンの森はその彩度がすごかったんだけど……とにかく、突然、急に、何の前触れもなく──周囲が白く変わった。
木が白くボロボロになって、葉の一枚もつけていない。
──そして、そんな木々の枝の間から見える空は暗かった。これまでずっと日が照っていたのに、夜空のような黒い空で……それなのに、木々や地面なんかはハッキリと見える。
「え、何!?」
「まやかしの術がかけてあんのさ」
慌てるボクに、カルがククッと笑いながら言う。
「ここがオレの里だ。ここは決まった手順で踏み込まねえと入れないようになっててな……エルフにも気づかれちゃいねェ」
「だから、エルフの森の中に里があるんだ」
「ま、リダンの森は広いからな。エルフだって全てを把握してるわけじゃねェ。……ああ、そうだ。ほれ」
カルがすぐ横の木を叩くと、木はそこからぽっきりと折れて倒れた。とさ……、と、ものすごく軽い音がする。
「これが、ダークエルフが食った後の木だ」
「これが……」
ダークエルフは木の命を食べる。食べられた後の木は白くて……焼いた後の炭のようだった。けれど灰のように見えるだけで、これは畑の肥料にすらならないという。一切の命のない残骸──少し寒気がした。
「こんなにたくさん……」
「オレたちの部族はここから動けねえからな。食いカスが目立つようにもなるさ」
カルは肩をすくめる。
「こうなっちまうから、他の部族は常に移動してる。新しい木も、これじゃ育たねえからな。……この森で食える木は減るばかりだ。……いずれ里のヤツらは飢え死にだな」
「え? 別に、里の外に食事しに行けばいいんじゃない? パッと行って帰れば……」
「気を食うのには時間がかかんだよ。その間無防備になるし、とてもじゃねえが守りがなきゃやってらんねェが……それを許すエルフでもねェからな」
時間がかかるなら、エルフたちも人数をそろえて阻止しに来るか。
「それじゃあ、木がなくなったら里を移せばいいんじゃない?」
「それができりゃな」
カルは口をへの字にした。……何か事情があるみたいだけど、簡単に訊けそうな雰囲気じゃなかった。
なので、話題を変える。
「えっと、ところで里の居住地はまだ? 住んでる人はいるんでしょ?」
「あァ、いるぜ。──だいぶ前からな」
するとカルは足を止めて、空を見上げた。
「降りてこいよ、ミロム」
「へ?」
「フッ」
白い枝の間から──影が降ってくる。
「うム」
カルと同じ銀の髪、黒い肌、赤い瞳。
「少しは成長したようだな」
ダークエルフの女性が、腕を組んで立っていた。
「よく言うぜ。分かるようにわざと気配を出してたクセによ」
「そこまで気づけたなら上出来だ」
「チッ──試すようなマネしやがって」
「試しもする。そら、それだ」
カルに向けて挑発的な目をするそのひと──ミロムは、ボクを指す。
──ボクはあわてて目をそらした。
だって、このひと、組んだ腕からこぼれそうな胸をして──それなのにくびれた腰もしなやかな手足も、ほとんど隠してない格好をしてるんだもの。いや、胸を隠すのに、布帯って──その──
「部外者を連れ込んできたのだから当然だろう? まあ──」
「わっ!?」
音もなく近づかれて、頭を撫でられる。
「こんなウブな小娘に何ができるとも思わんがな」
──ってボクは男だ! 男だから──その、そんなに近づくのは、谷間が──
「さて女を連れてきたということは、ようやく部族の務めを果たす気になったということか?」
「バカ言え。ソイツは協力者だよ、錬金術師だ」
「そうか、だろうな」
ミロムは肩をすくめて──
「お前が趣旨変えするとは思えん。残念だ。こんなにかわいらしいというのに」
「ひゃあああ!?」
抱きつかれ──頬擦り──背中に胸が──や、やわらか──
「とはいえ、他のものにはそう説明したほうが受けがよいぞ? お前が義務を受け入れる気になったのだと、歴々は安心するだろうからな」
「ぎっ」
ボクはなんとか──頭なでくり地獄から抜け出す。荒くなった呼吸をごまかすため、とにかく質問した。
「ぎ、義務って、なんのことですか」
「子作りだ」
「ブバッ」
──鼻水が爆裂した。
こ、こ、子作りって──それってその──
「我が部族は数が少なくてな。外から新しい血を入れることが必要であり、義務なのだ。お前が男なら私が子種を受けてもよいが──」
「ひぃっ!」
距離を取ったつもりがいつの間にか近くにいて──首筋を撫でられた。ゾワッ、と背筋が泡立つ。
「旅の道連れがカルグでは身をもて余しているだろう? 今夜は私と寝るか? 私はその男と違って、カワイイ者なら男女どちらでも構わないぞ」
「ぼ、ぼぼ、ボクは──」
舌なめずりするミロムが──
「そこまでにしてくれや」
──ひょい、と。ボクは首根っこを掴まれて、一瞬の後にはカルの隣にいた。
「オマエに壊されちゃ困る」
「なに、手加減するとも」
「だいたいハーフエルフ相手じゃ義務もクソもねぇだろが」
「それもそうだな──わかったわかった、そう睨むな」
ククッ、とミロムが挑発的に笑う。カルは小さく舌打ちした。
「守護者のテメエが、わざわざからかいに来たのか?」
「もちろん、そうだとも──お前はからかいがいがあるからな」
「あァ?」
「もちろん今、喧嘩も売ったぞ。買うか?」
カルは──口をへの字にした。ミロムはまた、ククッ、と楽しげに笑い、道の先に立つ。
「さあ、ハーフエルフの少女よ。案内しよう──我らが灰の部族の里へ」
2022/1/5改稿




