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カル&マクのどろり二人旅  作者: ブーブママ
第四章

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森のエルフ

「うわ、お前出来損ないに触ったの!?」

「きったねー、洗うまで近づくなよ!」


 エルフの少年たち──のグループは口々にそう言って、ボクにぶつかった子を囃し立てた。その子は顔を赤くして、うるさいとかだまれとか言ってたけど──それこそこっちのセリフだ。


「誰が出来損ないだって?」

「うるせえ!」

「──っ!?」


 殴られた。眼鏡がふっとぶ──頭がぐらぐらした。


「立てよっ」


 尻餅をつくと──髪をつかまれて立たされた。


「穢れた子のくせに、いきがってんじゃねーよ」

「……ッ」

「なんだよ、愛の子だって言うつもりか? どっちにしたって出来損ないには変わらねーだろ」


 少年の言葉に、後ろの取り巻きたちが噴き出して笑う。


「だいたい出来損ないが森に近づくなんて、恥知らずにもほどがあるだろ。あのさあ、お前なんかがここをうろついてると、迷惑なんだよ」


 ──まあ、そうなんだろう。わかってた。


 この街で、エルフに声をかけるたびに、嫌悪感か、哀れみか──どちらかの感情が相手の顔に浮かぶ。それでも商売人は笑顔で隠して対応したものだし、大人は感情を飲み込んだ。だからボクも気にしないことにしていた。けど……。


「オラッ!」

「ぐぁ……ッ!」

「うわっ、いたそー」


 この少年たちは、悪意を剥き出しにしてくる。


「ねー、なんで今殴ったの?」

「出来損ないのくせに、ハンコー的な目をしてたんだよ。ってゆーか、コイツがここに来たこと自体が、もうオレたちをナメてるよな──」


 エルフの少年の目が、ギラギラとする。


「二度とここに来れないよう、テッテーテキに痛めつけてやるしかねーな!」


 エルフが拳を振り上げる。


 ボクは──反撃を──


「そこまでだ」


 突然、誰かが間に割って入って、ボクと少年の腕をつかんだ。少年はギョッとして引き下がり……ボクは鞄の中で掴んだ薬品の瓶から手を離す。


「なっ……なんだよテメーは!」

「我が名はフィンデリオン」


 誰か──カルを追い続けているエルフのフィンデリオンは、綺麗に編み込んだ髪を撫で上げながら気障に名乗った。


「名前なんて聞いてない! なんで出来損ないの肩を持つんだよ!」

「穢らわしいハーフエルフとはいえ、子どもを──」


 おい。


「まして女に手を上げるなど、貴族として見過ごせぬ」


 ──だから、ボクは男だ! 子どもでもない!


「ハァ? 貴族? お前なんて知らないぞ──どうせ平野歩きだろ!」

「まったく、これだから偏見をもつ者というのは」


 フィンデリオンは少年の腕を軽く捻りあげる。


「あっ、いててててて! は、離せっ」

「うッ──」


 取り巻きたちが向かってこようとしたけど──それはフィンデリオンがいつも連れている二人の騎士がいつの間にか立ちはだかって、止めていた。


 誰も手出しができない中、フィンデリオンはゆっくりと言う。


「偏見とは悲しいものだな。先程もそうだ。同族だというのに、森の出身でないだけで検問を通さぬときた。わざわざ手続きをして許可証を取れだの……」

「いてて、いてえ!」

「閉鎖的で差別的……まったく嘆かわしいことだ」

「いてえっつてんだろ、離せよ、おっさん! ──ヒギャ!」

「このハーフエルフの少女が痛いと言ったら手を止めたのか?」


 心なしか、フィンデリオンの声が冷たかった。


「失せろ。そして己を恥じて寝床で震えるがいい」


 ドン、と少年を突き飛ばして解放する。グループはそれでも二、三文句を言っていたけど、そのうち口汚い言葉を発しながら逃げていった。フィンデリオンは、ため息を吐く。


「やれやれ、高貴なエルフ族とは思えぬな」

「あ、あの──」


 全身鎧の騎士に助け起こされ、眼鏡をかけてもらって。ボクはようやく口を開いた。


「助けてくれてありがとうございます。……助けてもらったのは、これで二度目ですね」

「貴族として弱者を助けるのは当然の義務よ。──それより」


 フィンデリオンは首をひねる。


「二度目とはどういうことだ?」

「え。──いや、この間捕まっていたところを助けてくれたじゃないですか」

「確かに少しばかり前に、衛兵に吊られていたハーフエルフの少女を助けたが──」


 フィンデリオンがじっと見つめてくる。


「同一人物か。すまぬな、穢らわしいものの顔は覚えぬようにしているゆえ」


 おいこら。


「確か──ダークエルフの奴隷だったな」

「──まあ、そういうことになっていましたね」

「この街に保護を求めてきたのなら、やめておくがいい。あのような連中は森には多いと聞く」

「……そうでしょうね」

「このフィンデリオンにはあのような偏見はないがな」


 この人、これを本気で言ってるんだよな……。


「行く当てがないのなら、我が領地への紹介状を用意してもよいが?」

「あ──いえ、遠慮します」


 領民がみんなこんな調子だったら気疲れしそうだし。


「そうか」


 フィンデリオンも本気ではなかったのか、あっさり引き下がった。


「では、これで失礼する。我には危急の用件があるのだ」

「追いかけてる──人のことですか?」

「そうだ、この森に近づいていることは分かっているのだ──必ずこの手で捕まえてくれる」

「──この街なら、衛兵に伝えたら全面的に協力してもらえそうですけど」


 ダークエルフがいるなんて告げたら、街を上げて大騒ぎだろう。


「それではダメだ。ヤツは必ず我が直接捕まえる。──この街で衛兵に捕まりでもしたら、即、斬首されてしまうからな」


 フィンデリオンは──笑った。こちらがゾッとするような、暗く冷たい笑いだ。


「我が恨みは……その程度では晴らせぬ」


 ──何をしたんだ、カル。


 去っていくフィンデリオンたちの背中を見送りながら、ボクはずっとカルが彼にした悪事のことを想像していたのだった。

2022/1/4改稿

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