入り口の街
種族によって国があった時代と異なり、今やあらゆる人類は、大陸の至る所に入り交ざって住んでいる。
それでも昔から住んでいた場所や種族の好みによって、特定の種族が多い場所というのはあった。ドワーフなら鉱山の近く、ギグルなら東方の草原。そしてエルフは森に。そういう場所には他の種族が顔を出してもあまり歓迎されない。
「……リダンの森に入るのってそんなに大変なの?」
「まァ、この森が特に閉鎖的ってのはあるがな」
あれから2日ほどかけてさらにリダンの森へ向けて近づいて、たどり着いたのはエルフが管理する『入口の街』。エルフとヒトの様式が混ざり合った、森と外の境目の街だ。
その中を、カルは浮浪者のような格好で歩いていた。肌をすべて隠すのではなく、わざわざ晒した部分は、醜い火傷の跡のような化粧がしてある。……ボクが作った塗料でしている変装だ。これならダークエルフとは分からないだろう。
「そうなの? この街にはエルフよりもヒトが多いようだけど」
「ここまでは受け入れてるのさ。といっても、ここのエルフは森の外を相手にする商人ぐらいしかいねェよ。あとは奥の方に引きこもってる。奥──森の深いところにいこうと思ったら、許可証がねェと進めない仕組みだ」
「──持ってるの? 許可証」
カルが里帰りするという、ダークエルフの里。それはなんと、このエルフの……リダンの森の奥にあるらしい。でも……。
「ダークエルフに発行するなんてありえねェだろ。ここの検問は必ず顔を見るから、スリ盗るのも意味がねェし」
──ということは。
「検問を通んなきゃいーんだよ」
「……そういうことかなあと思ったよ」
まあ、これまでもいろいろな街に入るのに、壁を越えたり荷物に紛れたりと不正な手段は使ってきたけど──
「でも、大丈夫なの?」
この街に入るのにも、かなり危ない橋を渡った。検問があるならそれ以上に困難なんじゃ。
「心配すんな。わざわざエルフのお膝元まで来たのにゃ理由がある」
カルは──たぶんいつものようにイヤらしく笑った。フードとマスクで顔はさっぱり見えないけど。
「ここには協力者がいるんだよ。金さえ払えば都合をつけてくれるヤツがな」
「えっ……」
「どんな場所にも、不正に手を染めて甘い汁を吸おうってヤツはいるもんさ──つーことで、チト行ってくる。そのへん好きに見て回ってな」
「え、ちょっと──」
カルの顔を見上げようとして──もういない。いつもながら素早いことだ。あんまり急に姿を消されると、そうとわかってても不安になるんだけどな。
仕方ない。しばらくすれば戻ってくるだろうし、買い物でもしていよう。
そうと決めて、ボクは通りを歩き始めた。建ち並ぶ店先をのぞいて、品定めをする。エルフとヒトの交流の街だけあって、両方の種族の特産品が並んでいたりして面白い。
それにしても。空が背の高い木で覆われて木漏れ日が差していること以外は、ここはほとんど人間の街と変わらないように思える。建物だって木製のものもある。木が友達だと言う割には──まあいろんな理由があるんだろうけど。
屋台で見つけた果物の串揚げを食べながら歩いていると薬屋を見つけたので、店の主人に頼んで材料を売ってもらう。──もちろん売り物のほうが出来がいいんだけど、薬師の修行を怠るわけにもいかない。
「──買いすぎたかな」
しばらく街に立ち寄る予定がないと言っていたから、買い込んだんだけど──抱えた袋が重たいし前が見えづらい。財布の中のお金も残り少ないし、どこか座れるところを探して──うわ!?
「痛ッ」
「ってぇーなー! どこ見てんだよ!」
誰かにぶつかって、ボクは地面に倒れこんだ。声の主は無事に立ったままだ。……普通はボクのセリフじゃないか、それ?
いや、うん、ボクも不注意だったし──と謝ろうと思ったその時だった。
「ゲッ、きったねえ! 出来損ないじゃねーか!」
ぶつかった相手──エルフの少年が言ったのは。
2022/1/4改稿




