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カル&マクのどろり二人旅  作者: ブーブママ
第四章

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28/53

里へ

「最近、ずいぶん慎重に行動しているように思うんだけど」


 食器の打ち合う音、大声で話し笑う声。


 喧騒に包まれた食堂の隅で、ボクはフードを目深にして向かいに座っているカルに言った。


「何か気になることでもあるの?」

「………」


 今日は珍しく大きな街にやってきていた。人口が多く活気にあふれていて、日が落ちても表通りには法術の明かりが灯されて、人通りが絶えることがない。こんな街に来たなら買い物とか、観光とかを楽しみたいところだけど……。


「ねえ」


 ボクとカルは門を通らず、外壁をこっそり超えて不正に入り込んだし、あまり大っぴらに歩くわけにはいかない……のかな? カルもずっとフードを深くかぶって正体を隠したままだ。


  それどころか珍しいことに──カルは食事もしている。ダークエルフは食べる必要はないと言って、同じ食卓を囲んでもいつだって水しか飲まなかったのに、今はテンポよく食器を動かしては食べ物を口に運んでいる。


「……そのお肉おいしいよね」


 黙っていても面白くないだろうと、ボクは話題を振る。


「南方から仕入れた香辛料を使ってるんだって。ピリッとしたところがまた──」

「──まずい」


 はあ?


「口ん中が気持ち悪ィ。オマエら、よく食えるよな」


 ──こいつは。


「どうしてそんなこと言うの? 気分悪くなるじゃないか」

「オレはすでに気分わりぃんだよ」


 もっちゃもっちゃと──見える口元だけ歪めて咀嚼している。


「……えっと、もしかして嫌いなものでも入ってた? 別にボクと同じのを注文しなくたってよかったのに。そうだ、このお店、エルフ向けのメニューも出してるよ。そっちだったら食べやすいんじゃない?」


 ボクは人間の街で育ったし、母さんも気にしない方だったからなんでも食べるけど、森のエルフは肉食をしないという。そんなエルフたちのために木の実や野菜のみの食事も用意されていた。ダークエルフはどうか知らないけど、身体のつくりは似てるんだし──


「違ェよ。モノを咀嚼すること自体が受け付けられねえんだよ」


 ……えぇ。


「じゃあなんで食べてるのさ」


 ダークエルフは木の命を食べる。だからパンや肉を食べる必要はない。けど、飲み込んで消化することができないわけじゃないらしい。だから、味や食感を楽しむために食事をしていたのだと思ったのだけど……どうやらイヤイヤ食べているようだ。


「ここは、森が近ェからな」


 カルはやる気なさげに食器をいじりながら説明する。


「街でも、かなりエルフの姿を見るだろ?」

「ああ、うん」


 エルフ用のメニューが用意されている食堂があるだけあって、街に住んでいるエルフの姿はそこかしこに見られた。この食堂の中には、今はいないみたいだけど……。


「万が一にもダークエルフだってバレて騒ぎを起こしたくねェ。だからヒト真似をしてんだよ」

「……えっと、それなら野宿で良かったんじゃない? ボクは……もう慣れたし」

「街の外はもっとダメだ」

「なんでさ?」

「言ったろ」


 カルは口の中を洗うように水を飲んで、コップを机の上にそっと置く。


「リダンの森が近いからだよ」


 リダンの森。さすがにボクでも知っている。この大陸最大の森にしてエルフの国だ。


「ああ、ここってリダンの森の近くだったんだ。それでエルフがこの街にも多いんだね」

「アイツら、森の外縁をわざわざ見回ってるからな。この辺で野宿なんてすりゃ一発で気づかれる。ったく勘弁してほしいぜ。アイツらの神経質さといったら」

「なんで見回りなんか?」

「そりゃ、森によそ者が入ってきてほしくないからさ。特に……ダークエルフな」


 エルフとダークエルフの関係は良くない。人類でいまだに種族間の敵対関係にあるなんて、この両者の間ぐらいだ。……まあ、他の種族もエルフの肩を持っているから、ダークエルフが孤立していると言った方が正しいんだろうけど。


「でも仕方ないんじゃない?」


 ダークエルフが嫌われ──エルフから憎まれている理由。


 エルフが友とまで呼んで愛する木の命を奪って生きる、ダークエルフの食生活だけじゃない。それはリダンの森にも原因があった。


「お姫様を殺したんでしょ? ……それは恨まれるよ」

「──あァ、まあな」


 リダンの森を治めるエルフの王国。その王のたった一人の後継者が、王国の混乱を謀るダークエルフたちによって殺された。王国はそれをきっかけに内紛を起こして、ずいぶん国力を落としたという。……そりゃあ、ダークエルフが孤立するわけだよ。


「百年も前の話だけどな」


 カルはフンッ、と鼻息を鳴らす。


「確かに百年前だけど、エルフは二百年生きるんでしょ? まだその当時に立ち会った人たちの多くは現役なわけだし」

「んなもん、知らない世代のやつが多いさ」


 カルは──いつになく元気がなさそうだった。ぽつりと言って、それきり口を開かないので……ボクはとにかく別の話題を探す。


「そ、それで、この後はどこへ行くの? リダンの森にわざわざ近づいたりして──」

「──あァ、言ってなかったか」


 カルはようやく、少し表情を和らげた。


「里帰りすんだよ──ダークエルフの里にな」

2022/1/4改稿

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