背中
結局──オルネルは、跳んで去っていった。
翼で飛んだわけではなく、ジャンプで跳んだ。竜の姿でないと空は飛べないんだけど、かといって竜になったら大騒ぎなので──跳ねた。
正直、空を飛ぶのと大差のない跳躍だった。……いったい法術使いはどうやって捕らえたのだろう?
その後、脱け殻のようになって倒れたドワイトは館に運ばれて……カルは約束通り報酬と、法術使いの倉庫の鍵を貰い、さっそくその倉庫に向かって行った。
ボクはというと、先に宿に戻っていた。やることがあるからだ。
「よいしょ、と」
ゲランドの根腐れ薬を作業台に置いて、法力を練る。
「フー……──」
錬金術の力を、行使する。
根腐れ薬に法力を馴染ませて……錬金術の基本──減速を、薬に施す。
薬品は放っておくと瓶のなかで反応が進んでしまう。成分がいろんなものの影響で劣化して、腐って、ダメになってしまう。
だからこうして定期的に、反応を遅らせる法術を使用するんだ。達人になると反応を停止させることもできる──と言われている。嘘か真か知らないけど、とにかくボクは二日に一回は術をかけないといけない。これが、ボクに任せられた薬品の管理の仕事の一つだ。
「──よし、できた」
「オウ、戻ったぞ」
道具を片付け始めると、ちょうどカルが部屋に入ってきた。
「ったく、何が倉庫だよ。大したもん残ってなかったぜ」
『期待はずれだったわね』
弓から女の子の声がする。
「あれ、シルヴィア? どうして?」
『道具の鑑定の手伝いよ。私が見ればだいたいわかるから』
至法弓から出てくる女の子──シルヴィアは得意気に言った。そういう特技もあったのか……本当に不思議な存在だ。
「ハー……勘弁してほしいぜ。結局、タダ働きみたいなもんじゃねえか。アイツらに関わるとロクなことがねえ」
「オルネルのこと?」
「アァ」
「まあ──すごかったよね」
竜の凄さは充分にわかった。あれでまだ子どもだっていうなら、大人はいったいどれほどの力を持っているんだろう。
「もう二度と会いたくねえ」
「──そう? でも人間の姿はかわいかったじゃないか。好みなんじゃないの、ああいう子」
美少年、と言っても差し支えなかった。
「中身を知ってたらそんな気は起きねえよ」
「あ、好みではあるんだ? フーン、だよねえ、ボクが見ても格好良かったしさ」
ボクも体が大きな方じゃないし、もしかしてカルってそういう趣味──
「違ェよ」
「ええ、そう? バッチリ好みなんじゃないの?」
「──チッ」
カルは──舌打ちして背を向けてしまった。
えぇ……。別に怒らなくてもいいじゃないか。だいたい、男同士っていうのが変だし。イヤだって言ってるボクにそういうことをするんだから──むしろボクが怒る立場じゃないか?
でも──
カルの背中は、なんだか怒ってるだけじゃなさそうだった。
「ねえ」
「………」
「カル、聞いてる?」
──応えてくれない。理由はわからないけど、でも──こんなのは困る。
「……あの」
ボクはカルの服の背をつまんだ。
「──ごめん」
………。
『──……クッハァァァァァァ! 萌え! 萌える!」
「うわッ!?」
いつの間にかシルヴィアが実体をあらわしていた。小さな身体をベッドの上で転がせまくっている。
「なになになんなのよあんたたちもーっ!」
「テメエ、勝手に出るなっつってんだろ」
「これが萌え転がらずにいられるもんですか! 不器用な関係に急に素直な感情をぶちこんでヌホォォオォォ!」
──なんというか、ひどかった。奇声をあげて暴れまわるシルヴィアをどうもできないまま、時間が過ぎて──
なんとなくうやむやのまま、ボクとカルの間の喧嘩? みたいなものもなかったことになったのだった。
2022/1/1改稿




