竜の解放
人の姿に変じた竜の姿は──皮膚の代わりに細かい鱗が生えならび、瞳孔が縦長で、鼻と口元が竜の顎の名残のある形をしている以外は──どこから見ても人間の──少年だった。
見た目だけなら、ボクよりずっと幼い。
そんな彼が、生け贄たちから貰った寄せ集めの服に身を包んで、一階の入り口の前に立つ。
「やあ、こんな入り口をしていたんだねえ」
「うん。でもこの扉、向こうからしか開かないらしいんだ。……カル、どうしよう?」
「夜明けまでもうチョイだ。待ってりゃ開けに来るだろ」
──と話しているボクたちをよそに。
「ちょっと下がっててくれるかな」
オルネルはスタスタと扉に近寄り。
「──よっと」
大して力の入ってなさそうなパンチで──鋼の扉を吹き飛ばした。轟音と共に飛んでいった扉は、遠くで湖に落ちて派手な水柱を作る。
「えっ、なっ……」
「だからコイツらの種族には関わりたくねーんだ」
カルが耳をほじる。……こういう光景を見せられると、その気持ちもわかる気がしてきた。竜族の力はとんでもない。人間の姿になったからといって、その力はまったく減じていないようだ。
「ひどいなあ、僕たちは仲良くしたいと思ってるけど?」
無邪気に、人懐っこい笑顔を浮かべる赤毛の少年は、日の出の光を受けて鱗をキラキラと輝かせていた。
◇ ◇ ◇
生け贄の人たちに口止めをして、先に塔から逃がして──
それが終わった頃になってようやく、ドワイトが衛兵たちをつれてやってきた。
「これはどういうことだ。なぜ生け贄が生きておる」
興奮した様子でわめきながら近づいてくる。そしてカルとオルネルを見て指を突きつける。
「お前たちはなんだ。いったい、塔は──獣はどうしたのだ!?」
「それなら僕のことだね」
オルネルがニコッと笑って手を振る。
「は? 何をバカ……な……ぇ」
それを見たドワイトは、怒りに顔を赤くして──次に恐怖で真っ青になって、くるりと踵を返すと、つんのめりながら一人で逃げ出していった。その老人とは思えない足の速さに、衛兵たちが慌てて追いかける。
ずいぶん遠くまで逃げ出したドワイトは、衛兵の影に隠れながらこちらの様子をうかがう。衛兵がこちらに向かおうとすると、その腕にしがみついて何かわめき散らして、必死に引き留めていた。
「どうしたのかな、あれは」
「オマエの正体を知ってるのはあのジジイだけだからな。近づいたら殺されると思ってんだろ」
「うーん、そうか」
オルネルはポリポリと頬を掻いた。
「殺気を消すのは難しいね?」
──ッ!?
「オイ、本気にするヤツがいるからヤメロ」
「あは、ごめんごめん」
……冗談なんだよね、ホントに?
「怯えないでほしいなあ。人族の友達ってなかなかできないんだよね。僕の種族は、怖がられるか、媚を売られるか、そればかりだから」
確かに──あんな力を目の当たりにしたら、そうなるだろう。たとえ何もしないと約束されたって、一瞬の気まぐれで殺される相手とまともな関係を築くなんて、難しすぎる。
だからだろうか──こちらに手を差し出して握手を求めるオルネルの笑顔が、少し寂しそうに見えたのは。
「マク──だっけ。友達になってくれるかな」
ボクが──竜と。
「こんなかわいいハーフエルフの女の子と友達になったなんて、向こう十年は自慢できるよ」
ボクは無礼者の手を叩いた。
「おっと──照れなくてもいいじゃないか。それとも性別を当てられて驚いたかい? 冒険者なら余計なトラブルを避けるために男装することもあるっていうけど、僕の種族の眼は真実を見抜くんだ。だから──ねえ、なんでダークエルフの彼は笑ってるんだい?」
知るもんか。
──カルの笑いが止まるまで、ボクはイライラし続け、オルネルは首をひねり続けるのだった。
2022/1/1改稿




