タイヨウの薬
『なんだって、呪いのせい? ……あっ』
竜のオルネルは目を丸くして──器用に鉤爪の生えた手で、ポン、と打ち合わせた。
『なるほど? 考え方が逆だったのか』
「逆だァ?」
『うん。法術使いがかけた呪いは、力を奪って変身を防ぐだけじゃなかったんだね。何もしなければ徐々に首を絞める呪いだったんだ』
オルネルは鼻息も荒く頷く。
『法術使いは食事を運んできたときに、呪いをかけなおしていたんじゃなくて、呪いを緩めていたんだ。ところが法術使いがいなくなってしまったから、首が絞まる呪いは進行し続けることになった、っと……なるほど、ガテンがいったよ』
ボクが指摘するまで気づかなかったくせに、なんだか得意げに言うのだった。
『そうなると呪いさえ解除できれば、いっぺんに解決するわけだ。ハーフエルフ君、もしかして法術の心得がないかい? 呪いをパッと解いちゃうようなさ』
「ボクにはちょっと──でも、ひとつ思い当たることが」
たぶん凄腕の法術使いじゃないと解呪は難しいだろう。けれど、それに対抗しうるものをボクらは持っている。
「ねえカル」
「あンだ?」
「あのタイヨウの薬ってさ、呪いを解く力があるんだよね? しかもかなり強力な」
薬の効能は、レシピと一緒に載っていたから知っている。でないと管理できないからね。
「あァ──まァな」
カルは口をへの字に曲げる。
「じゃあ、それを使えばいいんだよ! よかった、これでオルネルも街も助かるんだ。ちょうどそんな薬を作っていて幸運だったよ」
『おお、そんな薬が? いやあ、君たちがここに来てくれたのは、まさに運命としか言いようがないね』
ホッとして喜ぶボクとオルネルをよそに──
カルはへの字の表情を崩さなかった。
「──オレの薬を使うのか?」
「そうだよ。このままじゃオルネルの命だって危ないと思う。呪いで苦しんでいるんだから、助けてあげなきゃ」
それなのに何で渋い顔をするんだろう? ここには竜を助けに来たはずなのに。薬なんて別にまた作れば……。
「あっ」
そうだ。あのタイヨウの薬の材料は、10年かけて種から育てたものだった。簡単に用意できるものじゃないんだ。それに、わざわざそんな薬を用意するなんてことは、カルの方にも使う予定が──
「あ、あの、ごめん、やっぱり……」
「イヤ──」
カルは……ここではないどこかを見て……目を閉じた。
「──いい、わかった」
カルは投げ出すように言うと、ボクの鞄に手を突っ込んで薬瓶を出す。淡く輝きを放つ液体の入った瓶。タイヨウの薬。
「これで治るんだろ? んじゃ、使え」
「えっ、でも、いいの? だって、わざわざ作ったってことは、この薬を待ってる人がいるんじゃ──」
「いーんだよ。腹ァくくった」
カルは──見たこともないような真剣な顔をしていた。
「その代わりだ、タダってワケにはいかねえ。マク、そいつから薬の材料になりそうなモン、ゼンブ剥ぎ取れ」
「え、剥ぎ……ええッ!?」
「爪とか角とか、血とかあんだろ。ケツの毛までむしってやれ」
『ケツの毛は勘弁してほしい──っていうか生えてないんだけど。命が助かるなら、他のものは安いものさ』
──そういうわけで、ボクはオルネルから材料になりそうなものを採集することになった。竜の身体にはすさまじい力が宿っている。伝説でしかきいたことのないような薬の材料には、必ず取りあげられるぐらいに。
爪と角を削った粉末、指先から流した血液──あまり負担にならない箇所から採ってそれぞれ瓶につめる。他の薬師や錬金術師が見たら、垂涎ものの光景だろうな。
「心臓とか目玉はどうだ? 採れるか?」
『それはさすがに死ぬなあ』
「カル──あげるって決めたなら、そういういじわるはやめなよ」
「チッ」
思いつく限りの材料を採らせてもらって。
「それじゃあ、薬をつかうよ」
『頼むよ』
差し出されたオルネルの首に、ボクはタイヨウの薬を振りかける。
オルネルの首にある黒ずんだ呪いの痕は、光の雫にどんどん浄化されていき──薬がなくなる頃には、すっかり消えてなくなった。
『ああ──』
オルネルは、首を持ち上げて伸ばす。
『すごいね。すっかり痛みが消えた。力が戻ってくる』
「よかった、成功だよ」
『これなら変身できそうだ。どれ、さっそく──』
オルネルが目を閉じると、その全身が輝きはじめ、次第に光としか見えなくなって──その光が縮んでいき──人の姿になった。
「やあ、この方が身軽でいい」
すごい、本当に人間に変身した──けど。
「ん? どうしたんだい?」
──のんきな竜め。
「あの──服を着てください」
竜は、全裸だった。
2022/1/1改稿




