診察
「それじゃあ、お邪魔します──」
オルネルを助ける。そのためにはまず、彼の病気を治さないといけない。とりあえず病気さえよくなれば、これ以上生け贄が送られることもなくなるはずだから。
だから、まずは診察しようということになって……ボクは……鉄格子を、そっと……
「いいから早く入れ」
「いてっ」
ためらっていたボクの尻をカルが蹴飛ばして、ボクは鉄格子の向こう側へとつんのめりながら入っていった。
おそるおそる、オルネルの顔を見上げると──竜はクスクスと笑っていた。剥き出しの歯が恐い。だって一本がボクの頭ぐらいあるんだよ?
「じゃあ、えっと──問診から」
ちょっと怖い……けど、診察する側がそんな態度じゃダメだ。ボクはぐっと飲み込んで、オルネルに対して問診を始めた。
「どんな症状が、いつ頃から?」
『幽閉の身だと時間の感覚がはっきりしなくて──あの法術使いが死んだって聞いて、それからしばらくしてかな。身体中がだるくて、息をするのもしんどいんだ』
ブォ──とまた、すさまじい風速の溜め息。さっきより間近で受けて、転びそうになる。
『特にひどいのは喉かな。食事も通りづらいんだ。このままだとそのうち水しか喉を通りそうにないよ。ほら、だいぶ痩せてきたし、鱗にハリがないだろう?』
鱗のハリはよくわからないけど──
「喉か──それじゃあ、ちょっと口を開けてもらえますか?」
『こうかい?』
──言うんじゃなかった。
グワッと開いた竜の口は、ボクなんか一口で丸のみできそうな大きさで、生えそろった牙は鋭くて……。
「あ、うん、えと──」
「そこからじゃ見づれえだろ。ほれ」
「うわッ、あああああッ、ヒイイイイ!」
カルに押されて、竜の口のなかに顔を突っ込まれる。そこは生暖かくて生臭くて──
「やめッ──やめろよッ、やめてッ」
「あァ、暗くて見えねえか。今照らしてやっから、しっかり診ろよ」
光球が飛んできて、ボクの額に留まる。竜の喉が鮮明に照らし出された。
カルに押さえられて身動きが取れず──ボクは逃げるのをあきらめて、とにかくさっさと済ませようと、喉に異変がないか観察することにした。
──というか、うん。すごく変だ。
ボクを丸のみできそうな大きさは入り口だけで、喉の奥の方は不自然に狭まっていた。これじゃボクの腕が通るかどうかも怪しい。でもこれ、腫れてるわけでもなさそう。赤くなっていないし──
『あっ──ごめん』
「え?」
ぶるるっ、と喉が震えて──
ブワックション!! ガチン!
オルネルが雷のようなくしゃみをし──唾液がボクの顔面を直撃し──鼻先で牙が噛み合う。……カルに引っ張られて口の外に出ていなければ、胴体から真っ二つだった。
『いやあ──冷えるね』
「冷えるね──じゃないよ! 何するんだよ!?」
『まあまあ、そこの彼がちゃんと助けてくれたじゃないか』
この竜──実はあんまり性格よくないんじゃないだろか。
『それで、何か分かったかい?』
「──そうですね」
布で顔の粘液を拭って──竜の首に目をやりながら言う。
「こういうことは初めてですか? 以前も似たような症状が出たことは?」
『うーん……ああ、一度だけあったかな? ここまでじゃなかったし、すぐ治ったから、関係ないと思うけど』
「その時って、法術使いと何かありました?」
『思い出したよ。あいつが僕に食事を出すのを半月も忘れたことがあってね! 体はだるいし喉は痛いし腹ペコだしでそれはもうひどかった。──でも食事をする頃には治ってたな』
「法術使いが食事を持ってきてたんですか?」
『ああ、その頃はね。決して他の人間に任せることはしなかったよ』
必ず食事を運びに来る、法術使い……。
『今は領主のドワイトが運んでくるけどね。どいつもこいつも、僕がいるってことを他の人に知られたくないんだろう?』
「えっと、法術使いは、食事を出す以外にも何か?」
『おお、そうそう。毎度呪いをかけ直していたね。そんなものだから、法術使いがいなくなって呪いもだんだん弱まるものだと期待していたんだけどねえ……全然そんな気配がないんだ』
──この、のんきな竜になんて言ったものか。
「何か分かったのか?」
「うん──」
カルに促されて、ボクはもう、ありのまま言ってしまうことにした。
「いや、これって病気じゃなくて──呪いのせいだと思う」
2022/1/1改稿




