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カル&マクのどろり二人旅  作者: ブーブママ
第三章

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生け贄のマク

 ドワイト・セルバンティスは──青白い顔に乱れた白髪、枯れ枝のような腕をしたおじいさんだった。


「それが今度の生け贄か」


 ドワイトは歯の少ない口で、ゆっくりと言う。


「はッ」


 ボクの後ろに控えたギグルの隊長が答えて、ボクは一歩前に進まされる。


 そう。


 今度の生け贄……というのは、ボクだった。ドワイトがギグルの人に、若い娘の生け贄を連れてこいと言って、それで捕えてきた……ということになってる。


「若い娘にしろと言ったはずだが──」


 ドワイトは、じろじろとこちらを見てくる。


 ──しまった。ボクが男だってことがバレただろうか? 女ものの服もわざわざ着込んだっていうのに……やっぱり無理があった──


「若すぎないか。子供を連れてこいとは言っておらん」


 そこかよ! ハーフエルフなんだからちょっと若く見えても仕方ないだろ!


「いや、よい──今さらその程度、気にしてなんになる。それに獣も、今度こそ若い女の新鮮な血肉で力をつけるじゃろう」


 ドワイトは遠くを見て深く息を吐く。


「さあ、行くぞ」


 ドワイトが号令をかけ、ボクと衛兵たちは塔へと続く桟橋を歩いていく。夜の闇の中、明かりを絞ったカンテラに照らされる黒い湖面は、何もかもを飲み込もうとしているように思える。……一歩でも足を踏み外したらと思うと、ゾッとした。


「ドワイト様、もう止めませんか」


 橋を進む間に、ギグルの隊長がドワイトの背中に声をかける。


「獣などいなくても、この街はやっていけます。我々はそのために日々訓練を──」

「この愚か者が!」


 返ってきたのは、怒りと恐れの入り混じった声。ギグルの言葉に、ドワイトが血相を変えて怒鳴りつける。その顔は……狂気に満ちていた。


「お前にはわからんのだ! あの獣がいなくては、この街は終わりなのだぞ。何人の命を犠牲にしようと、やらねばならん!」

「しかし、獣とは──獣とはいったい何なのです!?」

「──お前たちが知る必要はない。ただ、わしの指示に従えばよい」


 ぎょろり、とドワイトの目が闇のなかでうごめいた。


「でなければ──お前も獣のエサにしなければならん」


 それきり誰もが黙って、塔の下までやってきた。重そうな鉄の扉を、ドワイトが鍵を使って開錠し、衛兵たちが押して開ける。


「では入れ、娘よ。そして階段を使って最上階へ行くのだ」


 ドワイトは冷たく言う。


「変なことは考えるなよ。朝になってもお前が生きていたならば、わしらがお前を殺し、その死体を捧げるだけだ。あきらめて己の運命を呪うがよい」


 ボクは衛兵に突き飛ばされ、塔の中に入る。


 背後で扉が重たい音をたてて──辺りは真っ暗闇になった。



 ◇ ◇ ◇



 扉が閉まると、なんの音も聞こえなくなった。塔の中は、窓もなく真っ暗で……こんなの、階段を上がれって言われても、手探りしかないじゃないか。


「生け贄にするって言われて、こんなところに放り込まれるなんて──ひどい」


 これまでの生け贄の気持ちを考えると……ドワイトを許す気にはなれなかった。


「ハッ──処刑台まで自分で歩けたァ、根性のねえジイサンだぜ」


 どこからか──ふいにカルの声がする。


 光の精霊が呼び出されて、ほんのりと辺りを照らすと──すぐ隣に立っていた。いったい、どうやって入ってきたんだろう。


「あのさ──ホントにこんなことする必要があったの?」


 ボクは上から着込んでいた女の服を脱ぎながら言う。


「カルなら忍びこめるんじゃない?」

「法術使いの仕掛けが残っててな、さすがに正攻法以外の侵入は無理だ。最上階の窓の結界も健在で、覗くのがやっとって感じだった」


 ──塔の外壁はツルツルしてそうだったんだけど、いったいどうやって登ったんだろう。


「かといってコイツで壁をぶち抜くと、やり過ぎて塔が崩れるかもしんねェ」


 そう言って、カルは背負った弓を指す。強大な力を放つ、魔族さえ消し飛ばす至法の弓。


「今回はコイツの出番はなしだ」

「獣──ホントに倒さないの?」

「あァ──」


 カルは神妙な顔をして頷く。


「むしろオマエの出番だ。薬師、マク……のな」

「そりゃ、いちおう少しは症状を診たりはしてきたけど──」


 カルいわく、獣は病気をしているらしい。それを治そうとして、ドワイトさんは生け贄を捧げているのだそうだ。病気を治すために生け贄を? と思ったけど……実際、ある種の生き物には、法力を備える人間の血肉の方が栄養になるらしい。


 もちろん……魔族なら言うまでもないことだけど、カル曰く魔族ではないらしい。


「オマエで病気の原因が分からなきゃ、別の人間を探す。ただ、獣のことを知ってるヤツは少ないほうがいい。オマエが分かればそれにこしたこたない……そんぐらいの話だ。固くなんなよ」


 そうは言っても、生け贄を捧げるような獣だし……診察どころか、出会い頭に食べらるんじゃ……?


「あのさ、獣って……」

「見てみりゃわかる。突っ立ってねェでいくぞ」

「ま、待ってよ」


 カルの背中を追って、螺旋階段を登る。段差が低いので、ずいぶんと移動に時間がかかった。


「あァ、ついたぞ、ここだ」


 カルが一足先に最上階に立って、ボクを見下ろしてくる。


「いいか、あんま騒ぐんじゃねえぞ」


 ──あんなに取り乱してたくせに、よく言う。


 ボクは唾を飲み込んで、ゆっくり最上階に上がった。


 そして目にする。


「……えっ」


 ──部屋の半分以上を占める、鱗の生えた巨体。折り畳まれた翼。長く太い尾。鋭い爪。ぎょろりと動く、縦長の瞳孔をもった瞳。強靭な顎に生え並ぶ牙。


「ドラ──モゴッ」

「その名前はよしとけ」


 カルに口を塞がれたことなんて、もうなんとも思わなかった。


 なんたってボクの目の前にいたのは──塔の中の獣というのは、ドラゴンだったのだから。

2022/1/1改稿

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