予想外の助け
「そこまでだ、汚いウジ虫ども」
バン、と音をたてて扉が開き、威圧的な声が高らかに響いた。
「なっ、何だあんたら!?」
「大人しくしろ」
「ぐえ」
どどど、と人が雪崩れ込んできて、あっという間に部屋が制圧される。無事に立っているのはギグルのお頭だけで……その前に悠然と、侵入者のひとりが歩みを進める。
長い耳。揺れるカンテラの明かりに、編み込まれた金髪がキラキラと輝く。
「穢らわしいハーフエルフの少女とはいえ、人さらいは重罪だ。我が領地の場合は、即刻首をはねてよいことになっているが?」
「……だ、誰だ?」
「我が名はフィンデリオン。貴族の義務を果たしにきたまで」
そう。入ってきたのはエルフのフィンデリオンだった。カルを追っているというエルフ。顔を見回せば、お付きの全身鎧の騎士二人が、三人のヒトを抑え込んでいた。
フィンデリオンは余裕そうに、優雅に言葉を続ける。
「縁も所縁もない土地ではあるが、人の上に立つ者として、このような犯罪を見過ごすわけにはゆかぬ」
そういえば前もそんなことを主張していた。貴族の責務だとかなんとか。
「ま、待ってくれ、これには事情が──」
「宿で少女をさらったところを、我が部下が目撃してる。言い逃れはできぬぞ? さて、申し開きはこの街の長の前でしてもらおうか。さしあたっては、衛兵に引き渡して──」
「その衛兵ってのが俺たちなんすよぉ! ねえ、隊長!」
「……なんだと?」
騎士に押さえこまれていた男が声を上げ、フィンデリオンが眉をひそめる。隊長と呼ばれたギグルのお頭は、ため息を一つ吐くと、懐から首飾りを取り出した。それをフィンデリオンはじろじろと検分する。
その間に窓に目をやると──カルの姿はきれいさっぱり消えていた。いつの間に。
「──確かに、この街の領主の紋章だ。衛兵であるという主張は考慮の余地がある。だが……なぜ、衛兵が盗賊まがいのことをするのだ?」
「それは──」
ギグルが言いよどむ。
──なんだか長くなりそうというか……話がややこしくなりそうだった。どうやら街の衛兵らしいし、ボクを解放する意思もあるみたいだから、ここは助け舟を出した方がいいかもしれない。
なにより──このエルフに捕まると、カルと合流できなくなる。
「あの、その人たちは助けてくれたんですよ」
「衛兵が犯罪に手を染めているとなれば……貴族としてそれを我が正す必要が……」
「あの!」
「……ん? ああ、何か言ったか、ハーフエルフの少女よ」
フィンデリオンはちらりと目をこちらに向ける。
「穢らわしいものの言葉は聞こえづらくてな。もう一度言うがいい」
こ、こいつは……。
「……ダークエルフの、その──奴隷になっていたところを、彼らは救い出してくれたんです。ちょっと手荒な方法でしたけど……ね?」
「そ、そうなのだ」
ギグルがこことぞばかりに声をあげる。
「ふむ? ではなぜ吊るしている?」
「えっと、身体検査ですよ。ダークエルフに何か仕込まれていないか……」
「そうだ。誤解を招くような格好で申し訳ない」
ボクと隊長の言葉に、フィンデリオンは少し考えるそぶりを見せて──
「──まあいいだろう。我の目的はそのダークエルフだ。穢らわしいハーフエルフに必要以上に関わる気はない」
……こいつ、三回も言ったな、すごく自然に。ムカッとしたけど、抑える。我慢だ我慢。
「えっと。そのダークエルフですけど──もうこの街にはいないと思います。先を急いでいましたし、奴隷のことなんか気にもかけない人ですから」
「そうなのか──」
なぜかギグルの隊長が肩を落とす。フィンデリオンは、フン、と鼻を鳴らした。
「ありえることだ、あのダークエルフならな。だがまだ遠くまでは行っているまい。追い詰めてやるぞ……そしてこの手で……ククク、フハハハハハハハ!」
そして高笑いをしながら、あっさりと出ていった。全身鎧の騎士たちも、それについてさっさと消える。部屋の中の男たちは、まるで竜でも見たかのようにポカンとしていた。
うん、気持ちはわかるな。……そもそも、あの人は有能なのかダメなのかよくわからない。これまでも何度か追いつかれたことがあるんだけど……近いところまではものすごい期間で追いついてくるのに、あっさりとカルを取り逃すんだよね。
「ああ──とりあえず、縄を解いてやれ」
フィンデリオンたちがいなくなると、ギグルの隊長がやっとのことで指示をだし、男がボクをの拘束を解いて下ろしてくれた。やれやれ、血の巡っていなかった手首がジンジンするよ。
「ダークエルフがこの街を去ったのなら君を拘束する意味はない。申し訳なかった」
「いえ、そんな」
ギグルが深々と頭を下げる。悪いことをするつもりじゃなかったのなら、別にそんなに謝らなくても──
「たく、甘ェなあオマエは」
急に、耳元で声がする。
「縛られたんだから、もうチト、慰謝料ぐらいぶんどりにいけよな」
ぽん、と肩を叩いてきたのは……カル。ダークエルフの男。男たちが、一拍遅れてギョッとして身構える。ボクも驚いた。一体、いつのまに入ってきたんだろう?
「さァて」
──カルはボクの肩に手を置きながら、イヤらしく笑った。
「街の衛兵が人質をとってまでダークエルフに通したい話とやら──聞かせてもらおうじゃねェか」
2022/1/1改稿




