捕らわれのマク
ボクは吊るされていた。
──いったいなんでこうなったのか、そもそもここがどこなのかも分からない。
ボク……ハーフエルフで薬師にして錬金術師の卵……をたぶん名乗ってもいいマクナスは、ダークエルフのアブない男、カルと旅をしている。故郷の街はいろいろあって穴に沈んでしまって……風の噂では治安が悪化して、山賊が跳梁跋扈するような土地になっているらしい。
そう、風の噂だ。カルに連れられていくつかの街を渡り歩いているうちに、そんな遠くまでやってきた。基本的にダークエルフのカルは街中に入れないから、野宿が多い。でも今日やってきたこの街は、カルがダークエルフでも街へ入れる度量があった。
そんなわけで久々に宿を取って、食事の後、ボクだけ先に部屋に移動したら……気づいたら手首を縛られて天井から吊るされて、見たこともない男たちに囲まれていた。
「気がついたか」
太く低い声。この場にいる、中心人物っぽい大柄なギグルの男が言った。顔の下半分はマスクに隠れている。目が怖い。
辺りを見回す。どうやら扉が一つだけの狭い部屋だ。扉の側にひとり、ギグルの側にひとり、戸の閉まった窓の前にひとり、マスクをしたヒトがいる。全部で合計4人の不審者。
「……あの……ここは? あなたたちはなんなんですか?」
「答える気はない。……安心しろ、おとなしくしていればこれ以上の危害は与えない」
いや、そんなこと言われても吊るされている身としては、素直に信じられないんだけど。それに全員軽装とはいえ武装してるし。ギグルなんて長剣を下げてる。
「えっと──何が目的なんですか」
「──実のところ用があるのはお前ではない」
ギグルは同情のまなざしとともに言った。
「用があるのは、お前の主人にだ、少女よ」
「は?」
主人? ……ていうか、ボクは男だ!
「お前は、エサだ。あのダークエルフが奴隷にどの程度情をかけているかはわからないが──」
エサ? ……奴隷?
「──ダークエルフが取り返しにこなければ、その時は解放しよう。お前にとっても悪い話ではないはずだ。しばらく我慢してくれ」
……どうやら。
なんでか分からないけれど、この人たちはボクをカルの奴隷だと勘違いしているらしい。そしてカルをおびきだすために、ボクをさらったて吊るしたのだ。
なるほど。つまり全部カルのせいだ。
「ほんと気の毒な話でさぁ」
ギグルの側にいたヒトの男が言う。
「こんな年端もいかない女の子が、夜な夜な好き勝手されてるなんて──」
「されてないっ!」
冗談じゃない、変なこと言うな!
「それにボクはハーフエルフだッ! 成長がヒトよりちょっと遅いだけだから──子ども扱いするなっ!」
「えっ。そうなんすか、たいちょ──お頭」
「ハーフエルフを見るのは初めてだが、そういうものだと聞いている」
何か別の名前で呼ばれかけたギグルのお頭は、マスクの上から顎をこすって唸る。
「おそらく実際の年齢は、十六、七ぐらいだろう」
「へえー……それでも若いっすよねぇ。それにいくら年齢が見た目より上でも、外見的にアウトっていうか」
「ぐっ……」
ひとの気にしていることを……小さくて悪かったな。
「そこまでにしておけ。哀れな少女に鞭打つものではない」
ギグルがそう言って止めるけど、正直その言葉が一番胸に刺さる。誰が哀れな少女だ。ボクは男だってば。
とにかく。彼らの話を聞く限り、どうも彼らはボクに危害を加える気はなさそうだった。それどころか……どうやら、ダークエルフから助けてやったのだと考えているらしい。
……ダークエルフというだけで、同行者を奴隷として見るものなのか。少しだけカルを気の毒に思って、ボクはこの境遇に陥った責任も免除してあげることにした。
「あの、それで、カル──ダークエルフは何をしたんですか?」
この街についたのは今日の昼のこと。それからずっと一緒に行動していたし、悪事を働く暇はなかったと思う。宿屋の一階にある酒場で情報収集するというから、置いて部屋に行ったけど、それぐらいだ。……以前この街を訪れたことがあって、その時に何かしたんだろうか?
ありえる。カルのことだ。何かやったに違いない。それならちゃんと罪を償わせないと。
「いや……」
ところが、その問いに男たちは顔を見合わせる。なんだか様子が変だぞ?
「なんですか? 言いづらいほどの悪事を?」
「いや。そういう訳ではない。ダークエルフについて詳しくは知らんのだ」
「え……」
よく知らない人の奴隷をさらった? それって……なんか、この人たちが悪い気がしてきたぞ?
「だが、その、彼は──」
ギグルのお頭が歯切れ悪く話し始めたとき──ボクの視界の隅で何か動いた。
「──相当な手練れなのだろう? 身のこなしからそう察したのだが」
「……ええ、まあ」
音もたてずに窓の戸が開いていた。その向こう、闇夜の中には……天地逆さになって怖い顔をしているカルがいた。けど──男たちは誰も気づいていない。
「まあ……手練れなんだとは思います」
……窓が開いたのを気づかせないほどだし。
「おお」
ボクの答えを聞いて、男たちが──なんだろう。喜びというか、安心したような声を出す。その背後で、窓の外のカルが短剣を4本取り出して、それぞれを指の間に挟んで、振りかぶって──
──次の瞬間、予想もしなかった音が響き渡った。
2022/1/1改稿




