魔族ストリウス(後)
『ほざくな、ダークエルフ!』
先に動いたのは上級魔族のストリウスだった。
ゲランドの女王の側頭部に生えた、糸の集合体のような体の一部をこちらに向ける。と、その途端、ドッと糸の奔流が押し寄せてきた。
「当たるかよ」
「うわッ」
飲み込まれる! と思って身構えたボクを、カルがひょいと抱えて──次の瞬間には別の場所にいた。あまりの速さの移動に目と感覚が追いつかなくて、頭がクラクラする。
『小癪な!』
間髪入れずに、木の枝ほどもある糸の塊が飛来し、意図に操られたゲランドの女王の爪が乱舞する。
「マク、魔族の倒し方は知ってるか?」
その中を、カルはボクを抱えたままヒョイヒョイ避けていた。それどころか、話まで始める。こっちは舌を噛まないようにするのが精一杯だっていうのに。
「アイツらはな、総じてタフなんだ。チマチマ攻撃してもすぐ回復して、こっちが息切れする」
『ハ──理解しているようだな、ダークエルフよ。貴様が逃げ回っていられるのも、そう長くはないぞ』
ストリウスが勝ち誇った声をあげる。
「だからって互角の戦いを繰り広げる……っつーか、一撃で殺しきれねえ攻撃を繰り返す。これで追い詰めるのはもっと悪手だ」
けれどカルは冷静なままだった。
「追い詰めると魔族ってのは、逆に力を増すことがあるからな。しつけえんだこれが」
カルの手が閃き──短剣がストリウスの眉間らしき場所を貫いた。けれど、糸の集合体であるストリウスには効果がないらしい。すぐにその部分の糸がほどけて短剣が抜け落ち、また糸が編まれて元通りになる。
「──急所を狙って一撃で仕留める、ってのが手っ取り早えんだが」
『ハハハハ──残念だったな。このストリウスに急所などない、我は無敵だ!』
「まァ──こういう手合いもケッコーいる」
カルが肩をすくめる。
「でけぇ剣でぶった切るとか、燃やすとか──そーいうのが必要な相手だな、こりゃ」
『だが、キサマはその手段を持っていないようだな』
ストリウスの哄笑に呼応して、ジジジジジジ、と女王が鳴く。
『諦めるのだな、ダークエルフ。我が魔力の糧となるがよい』
「──急所がねえなら、次の手だ」
カルはニヤリと笑った。
「圧倒的な力で、一撃で、跡形もなく吹っ飛ばす」
「それって──」
「あァ──シルヴィア、出てこい!」
カルが背中に手を回して──
「──ア?」
──固まった。
『ちょっとー、なによこれー』
そしてだいぶ遠くからシルヴィアの声がした。
──あ、いた。ずいぶん遠くの壁に、弓が糸で張り付けられている。一体、いつのまに。
『クク──愚かなダークエルフよ。このストリウスが気づかないとでも思ったか? その弓から感じる忌まわしき力──忘れようがない、あの武器どもの臭いだ。我らを苦しめ、殺した、忌まわしき武器たちのひとつ!』
「ハ──伊達に長生きしてるわけじゃねえってか」
「ど、どうするの!?」
だって、絶対に──
カルが上級魔族に対して余裕でいられたのは、シルヴィアの存在があるからだ。伝説のような力を放つ弓。それが取り上げられて、挙句の果てに、近づけないように周囲にどんどん糸が張り巡らされていく。
「これじゃ、シルヴィアのところまで行けないんじゃ……」
「まァな。このままじゃチト厳しい──っと」
女王の爪が降り下ろされ、カルが高く跳んで避けた。背後で地面の砕けるすさまじい音がする。
『フハハハァ! バカめ、いい的だぞ!』
ストリウスがこちらに狙いを定めて──
「マク、泳げるんだったよな」
「えっ」
「あァ──溺れても後で拾ってやっから心配すんな」
カルが──ボクをぶん投げた。
「うわあああぁぁぁぁぁ──ぶっ!!」
反動でカルは明後日の方向に飛んでいき、ストリウスが放った糸はボクの目の前を素通りし。
──ボクは、女王がハマっている穴の水溜まりに叩きつけられた。それは思ったより深い穴だったようで、ボクは突入した勢いのままにどんどん沈んでいく。
精霊の光も、ここまでは届かない。
暗い──黒い水のなかで、ボクは──
「……!?」
──閃光が、一筋の矢のように水面を疾ったのを見た。遅れて聞こえる、轟音。
ゲランドの女王の上半身ごとストリウスを消し飛ばしたのだとわかったのは、しばらくして──カルがボクを水中から引き上げてくれてからだった。
2021/12/31改稿




