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カル&マクのどろり二人旅  作者: ブーブママ
第二章

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ゲランドの女王

 カルが穿ったトンネルをしばらく歩くと、横穴とぶつかった。ちょうど馬車が一台通れそうなぐらいで、何かの粘液で塗り固められてテカテカしている。


「これ──ゲランドが掘った穴?」

「だな。爪で掘ったあと、ケツからフェロモン入りの汁をだして固めてんだよ。たく、クセェし汚ェし、勘弁してもらいたいね」


 カルはそう言って顔をしかめるけど、ボクには臭いはわからなかった。……けど、うん、なるべく壁は触らないようにしよう。


「それにしてもこんなに大きなトンネルを掘るなんて、すごいね……」

「まぁな。ゲランドを飼いならしてダンジョンを作るようなヤツもいるらしいぜ。強力な法術使いや……魔族なんかにはな」


 ゲランドを飼いならせるのは、そんな力ある存在だけなんだろう。


「──よし、こっちだ。離れんなよ」


 しばらく周囲の様子をうかがっていたカルは、ふいに歩き出す。慌ててその背中を追った。光の精霊が放つ明かりが、心なしか小さくなっていた。……警戒している、ってことかな?


「ダンジョンか……すぐにできちゃいそうだね」

「まァ、野生のゲランドは普通、こんなスピードじゃ掘らねェけどな。法術や魔術で操られているときか……繁殖期に女王のフェロモンに呼び寄せられた時ぐらいか」


 普段はそんなに動かない生物らしい。


「そう、問題はその女王だな。アイツは別格だ。土の精霊を使役できる」

「えっ──土の精霊を!?」


 精霊術に詳しくないボクでも知っている。さまざまな精霊たちの中で、土の精霊が一番使役が難しいと言われていることを。


 土の精霊と通じる才能を持っているものは少ない。でも最上位の使い手ともなれば、黄金を操ることができると言われている。黄金の精霊使いの物語は、好きな物語のひとつだ。


「一つの街を沈めるほどの穴は、ちまちま掘ってたんじゃゲランドだって何ヶ月もかかる。こいつは間違いなく、女王が精霊にやらせたね」


 ごくり、と唾を飲んだ。そんな化け物がいるなんて。


「ま、とはいえ基本的にゃ虫だからな。そんな難しいことは考えちゃいねえハズだ。だからこそ、ちと気になるといや気になるんだが──」


 いったい何が? と訊こうとしたその時だった。


 ズズン──という地響きがして、トンネルが揺れたと思ったら


 ジジジジジジジジジジジジジジジジジ──!


 けたたましい、油の跳ねたような甲高い音。


「なっ──なに、これ!?」

「ゲランドの鳴き声だ──このデカさ、女王だな。こっちだ、急ぐぞ」


 カルが走り出し、ボクはその背中を急いで追った。ゲランドたちが掘ったトンネルのいくつかの分岐を、カルは迷わず進んでいき、鳴き声はだんだん大きくなる。


 そして──


「う、わ──」


 広い空間に出た。光の精霊が少し強まって辺りを照らす。天井の高い半球のような空間。


 そこですぐ目に入ったのは、端の方にいる存在だった。巨大な──複眼、毛のはえた鋏、甲殻、白くぶよぶよに肥大した腹部。


「これが……ゲランドの女王……?」

「あァ、だろうな」

「でも」


 ゲランドの女王。牛一頭どころじゃない。二十頭の群れでもまだ足りなさそうな巨体が──窪みの中の大きな水溜まりに半身を沈めていた。身動きが取れないらしく、小さな脚を天に向けてもがいている。


「……なんか、嵌ってるけど」

「でけえ図体を地盤が支えられなかったんだろ。居座ったところの下に地下水の溜まった空間があって、ちょうど崩れたってとこか」


 カルが耳の穴をほじりながら言う。


 ──すると、その言葉に反応があった。


「そうそう、そうらしいんだよ。いやあ、ちょっとびっくりしたけどね、急に揺れるもんだから」


 どこからか響く、へらへらした男の声。聞き覚えのある……。


「でもおかげで今がチャンスじゃないかな? 救助に来た冒険者なんじゃないかい? 助けていただけると、ありがたいんだけどねえ」

「──師匠!」


 間違いない。師匠の、タスカーさんの声だ。ボクは目を凝らして辺りを見渡して──


「………」


 空洞の天井から、糸のようなもので全身グルグル巻きにされて楽しげに揺れているハゲ頭を見つけた。……足元からすっぽりと、頭のてっぺんまで糸で巻かれていて、ハゲ部分しかはみ出ていなかったけど……うん、たぶん、師匠だろう。


「ねえ、誰か知らないけど冒険者だろう? お礼ならするから、早くしてくれないかな? いやあ、丸一日捕まってるとねえ、空腹より下半身がねえ。この糸すごく撥水性が高くて、前も後ろも、出しちゃったモノが溜まってたっぽんたっぽんで、かゆくてかゆくて仕方ないんだよ」


 ………。


「あれがオマエの師匠か?」

「ん? ……師匠だって? てことは、そこにいるのはマクナスくんかい?」

「──知らないひとです」

「ちょ、ひどいなマクナスくん! 師匠だよ? 君の師匠のタスカーだよ?」

「そんな糞尿垂れ流しの人なんて知りません」

「しょうがないじゃないか!」


 糸に巻かれた物体が体をひねって、左右に揺れる。


 そのたび、ぐっちょんぐっちょんという水音がした。


「捕まって脅されて、そりゃもうひどい目にあったんだよ! 多少、粗相してしまったのは仕方のない──って、そんなことよりだ、早く助けてくれないかい? でないと、ヤツが戻って──」


 脅された? ──虫ぐらいの知性しかないゲランドに?


 ボクが首をひねったその時だった。


『邪魔者が入り込んだか』


 ギシギシときしんだ声が、空洞のなかに響いたのは。

2012/12/31改稿

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