表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/18

第14章

 ポッツォ氏は、1936年の大敗の後の混乱から1938年のワールドカップにかけてのイタリアをはじめとする欧州のサッカー界の状況を晩年に次のように語った。

「あのローマでの大敗で、私は自発的に辞任して、サッカー連盟の会長も辞任したのだが、それよりも統領に対する非難がすごかった。私や会長の忠告を無視して、恥の上塗りをしたとね。それにあの大敗は、私よりも選手にあるというのがマスコミの論調だった。だから、1938年のワールドカップを前に、私はイタリア代表監督に復帰できて、あの大敗を教訓に選手を選考して、日本代表に対する復仇に勤しむことになったんだ。

 他の欧州諸国のサッカー界も似たようなものだった。サッカーの後進国、未開国と思われていた日本が世界最強の座を占めるなんて欧州サッカーの恥辱だという意見が、当時の欧州のサッカー界にはあってね。フランスやオーストリアは遥々、日本にまでプロ選抜代表を送り込んだが、これまた日本代表に返り討ちにされる始末だった。アウェーが不利とはいえ、ここまで来ると日本代表の実力を認めざるを得ない。1938年のワールドカップは、日本が優勝候補の筆頭というのが下馬評で、日本以外のアジア各国は最初から予選出場を辞退する有様だった。

 それが、1937年の日中戦争勃発で一変した。中国が、満州は中国固有の領土であると主張して、日米が共同経営している満州利権の無条件返還を前から要求していたのが発端なのだが、ドイツやソ連が中国を軍事支援してね。とうとう中国が日本に事実上の宣戦布告をして、日中戦争が勃発したわけだ。当然、米国は日本を支援するし、こうなるともう局地紛争というレベルじゃない。日本代表の監督もレギュラーも軍人である以上、戦争優先で、日本代表から降りることになった。そうなると、日本としては、実力が遥かに劣るサブメンバーをワールドカップに派遣せざるを得ないし、そもそもこんな戦争中にワールドカップどころではないという声が日本国内から強く上がり、日本は1938年のワールドカップの出場を辞退するということになった。

 その一報を聞いたときの欧州サッカー界の混乱はすさまじいものだった。私をはじめとするイタリアサッカーの関係者の多くは、統領やチアノ外相に日中の講和斡旋を嘆願した。イギリスやフランス、スウェーデンでもサッカー界に同様の動きが起こった。FIFAも、日中間の講和を望む旨の声明を何度も出した。もし、1938年のワールドカップに日本が参加しなければ、欧州サッカーは日本に敗れたという汚名を晴らす絶好の機会を失ってしまう。それに、あの石川監督や相良、大友、鍋島、秋月といったレギュラー陣が戦死したら、サッカー界の至宝が失われるという思いもあった。実際に、イギリスやフランスは、具体的に日中間の講和斡旋に乗り出した。しかし、そもそも中国側の要求が無理筋なのに、それを呑むのが日中講和の前提という態度を中国が崩さない以上、どうにもならなかった。皮肉にも更なる戦争、第二次世界大戦が起こり、その流れの中で、日中間の白紙講和はなるのだが、その時には1938年のワールドカップは終わっていた。

 この1938年のワールドカップで、イタリア代表は優勝を果たすのだが、私としては優勝を祝う気分にとてもなれなかった。他の代表選手の多くもそうだった。ベルリン、ローマでイタリア代表が日本代表に被った屈辱、それをワールドカップの場で晴らす。その想いで一生懸命、我々は練習に励んできたのに、その場に日本はやむを得ない事情とはいえ現れずに、我々は不戦勝を収めたのだ。似たような思いをイタリア以外の多くの欧州サッカー関係者も抱いただろう。だが、日中戦争が終わりさえすれば、とこの時はまだ私を含む欧州のサッカー関係者は思えた。だが、この思いさえ、更に破られてしまったのだ。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ