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判事様、お探しの魔女は私ではございません。  作者: コーヒー牛乳


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円満解決の行方


彼女の実家の扉が開き、幼い子どもが近くに置かれた荷物に気付く。

遅れて父親がゆっくりと出てきて、荷札を確認してじっくりと目を通した。


見事な布を縛る紐をとけば、出てきたのは銀貨や銅貨。そして一枚の金貨だ。


呆然とした父親は荷札を見返して、そしてゆっくりと顔を伏せながら荷札に額をつけた。


その姿がどんどんと滲んでいく。ああ、なんて。なんて!


「……セーラ、もう少し静かにしてくれないか」

「新しいベールを汚さないでくださいね。まだそれは備品扱いですよ」

「わ、わかっています……っ、か、感動が薄れるではないですかァ」


ザイス文官に差し出されたチリ紙をベールの中へ引き込み涙を拭う。

新しいベールは爽やかなサックスブルーと薄手の生地が組み合わさっており、視界も良好だ。とても魔女には見えまい。むしろ聖職者のように見えなくもない。


「うん、やはりセーラの色彩には、この色が似合うな」

「……恐れ入ります」


このやたら肌触りの良いベールは何を隠そう、あの森に隠されていた王家の返品である。

判事曰く『存在しないものが、もし盗まれたとしても被害届は出せないんだ』とのことだった。悪魔も裸足で逃げる顔だった。


これは判事の勘と文官の推測だが、あの人のよさそうな顔をしていた商人はかなり強引に工房長に返品の責任を迫ったようだった。注文通りに納品した工場に非は無いと思うのだけれど。


積みあがる荷は工房内や庭先、工房周辺の路肩などに置かれることになったが、余剰在庫は税の対象となる。工房長はやむを得ず、森に荷を隠すことにしたということだった。


あの日判事に提案した円満解決は『小さな不正を正すより、この街の”流れを掴む”ことにしてはどうでしょう?』ということだった。


大店の商人の首根っこを掴めます、と言えば判事はたいへん機嫌よく了承してくださった。

その中で、新しいベールやその他の生活用品まで受け取った私は共犯らしい。


なんてことでしょう。こうやって人の道を外れていくのね。おそろしい。

これで私はもう清廉潔白な身の上では無いのだ。


「ところで、あの金袋の中にあった金貨は占い師が入れたのか?」


判事は夜も昼も視力が良いようで、ベス嬢のご家族に渡した袋の中まで見えたらしい。


「ハッ。あれは先日の裁判室で撒かれた金貨の一枚では?音と警らが持って行った硬貨の枚数と計算が合わないので、あの部屋のどこかに残っていると思っていたのにあなたが持っていたんですか!?」


「ザイス文官、音でわかったのですか?少し違う方向に見直しました。怖いです」


必要技術です、とザイス文官はキリッとしているけれど、特殊能力だと思います。


そろりと、あの金貨の持ち主を見上げれば呆れたような視線と絡まった。


「……怒ります?」

「いいや、あれは必要経費だった。誰がどう使おうと、どうでもいい」


どうでもいいと言いながら、判事は初めて見るような穏やかな顔をしています。

悪魔のような判事でも、そういう顔もするのですね。こうして禍々しさが消えると、随分と整った顔をしていることに気付く。


じっと見すぎていたのか、判事の紅い目が意味ありげに細められドキッとしてしまう。

変に反応してしまった自分を隠すように俯いてベールで視線から逃げた。


「えっと、これで解決できましたね」

「あぁ。今回、交通問題解消と大店を叩く隙を見つけられたからね。上役の反応も良好だ。全てセーラのおかげと言って良い」

「上役の覚えもめでたく王都へ戻る日も近いですね!」


ベス嬢は殺人では無く持病で倒れたと結論付けられ、私は無罪放免。

魔女裁判の件も、お咎めなし無しで解放されることとなった。


私の主張する幽霊が見える件は伏せられ、占いで真相を暴いた凄腕占い師扱いである。


「……新しいベールも服も、ありがとうございました。では、わたくしはそろそろ次の町へ」


行きますので、と胸のどこかで感じる寂しさを振り切るようにベールの中から判事の目を見返した。


その判事はいたぶるような残虐な目をしている。


「──そういえば、セーラ」


あら?先ほどまでの毒が倍になって戻ってきているわ。あらあら?


「ベス嬢がセーラを火あぶりから救ったのか?」

「いえ、あれはこの街に入る際にお世話になった兵の幽霊さんが守ってくださったのです。石打ちや炎、剣からも守ってくださった素敵な方です」


この町へ入る際に抜け道を教えてくださったり、ベス嬢の話を聞くように強引にベールを引っ張ったり、なかなか強めに主張するタイプの幽霊だった。


兵の幽霊は照れたように身をくねらせる。それを隣で見ていたベス嬢がおかしそうに笑い、二人で手と手を取り合いスーッと消えてしまった。


どうやら思い残すことが無くなったようだ。乙女を守り大暴れして気が済んだのかもしれない。なによりである。


「つまり、セーラが連れてきた幽霊が判事室を破壊したというわけだ」

「……ん?」

「記録もしっかりありますよ」


偽証はいけません、と文官はどこ吹く風だ。


「……ソウナリマス、カ?」


「では、判事室の弁償は責任者のセーラが行うのが道理だな」

「えっ、で、ですが私は流浪の一文無しで……」


ハッ!逃走資金にしようと思って確保していた金貨を、ベス嬢のへそくり袋へ足してしまったわ!!


「あぁ。だから”凄腕の占い師”として雇ってやろう。喜べ」

「な、なぜわたくしが!協力してほしいならば、そうお願いするべきでは?」


はわわわと苦し紛れに言い返せば、するりとベールの中に入って来た手が私の頬を撫でる。

熱い指に顎を救われ、こちらを向けとあの紅い瞳の前に差し出される。


「────お前を一目見た時から気付いていたよ。俺の運命の人だと」


触れられた頬から熱がじわじわと浸食していくようだった。

またそういう冗談を!と胸を押し返したいのに、伝わる熱が反応を遅らせた。


「お前は忘れてしまったかもしれないが、ずっと、探していたんだよ」

「えっ……どこかで……」


記憶をフル回転させるが、身に覚えがない。

それもそのはず。私は産まれた時から、まさに幽霊のような扱いだったからだ。


そんな私に判事……貴族としてのシオン様と会う機会なんて無いに等しい。


でも、この紅い瞳はなぜか最初から気になっていた。

知っているような気がしてならなかった。


そう思うのは、生きながら幽霊のような私を探していたという、目の前の男の言葉が嬉しくて信じてしまいたくなっているからか。


言葉に続きがあるのではと待っている自分がいた。


私と目を合わせ、全てを見逃すまいと覗き込む男は言葉を探すように唇を薄く開いた。


「お願いだ、頷いてくれないか……”幽霊姫”」


ん……?

えっと……今、幽霊姫とおっしゃいましたか?


「な、なななな……!」


あぁ!とザイス文官は指を鳴らした。


「耳にしたことがありますよ。”幽霊姫”って隣国の第三王女の異名ですよね?まるで幽霊のように白い髪で……氷のような瞳……」


ザイス文官の声は途切れがちになり、徐々に地盤沈下してしまいそうなほど震え出した。震えたいのはこちらである!


「あぁ、そうだ。その幽霊姫はつい先日、我が国王の後宮に入内したんだが。なぜこんな辺鄙な田舎にいるんだろうなぁ?」

「アッ、イヤ、ソレハ」


「まさかそんなことはありえないよなぁ。王族を謀るなど死刑ですら生温い」

「アハハ、マタマタ……」


「早く殺してくれと願うほどの……」


ひぃいいいい!!と私まで震えが止まらない。ザイス文官と合わせて地面に穴が開かないだろうか。いっそ穴を開けて逃げるべきだというのに顎を掴まれて逃げられない!


「だが、私が雇おうとしているのはただの占い師だ。何の問題もない」

「ありますよね!?早く王宮へ通報せねば!!」

「まあ俺は問題ないが。ザイスは男爵家の四男だし……王族の醜聞に巻き込まれたら消される可能性が高いな。通報して大丈夫か?」

「なんだ、ただの野生の占い師か」


やれやれ、と焦点の合わない目を遠くに投げた。

ザイス文官の現実逃避能力が高すぎないかしら?!


どうしましょう。こうやって外堀って埋まっていくのね。


「……ということは、判事は偽の幽霊姫に手を出してここに飛ばされたわけですか」

「あの女の鼻を明かす切り札があるのは気分がいい」


判事は悪魔のようにニヤリと笑った。

私の身代わりとなった彼女が心配だ。


「まあ、退屈させないでくれ。占い師殿」

「が、がんばります……」




身代わりものです。

これは書きたいと考えているエピソードが4部ぐらいまでありますので、ゆっくりお付き合いください。


また、ピッコマ様で先行配信している別作品「悪役令嬢ってことで」の9巻が

2/16に各電子書店様で発売予定です~!ぜひよろしくお願いいたします。

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