第22話 いい大人がなに張り合ってんだか
「そうか、助けてくれていたんだな。礼を言うよ」
「いや、怪我もさせちまったし、なにより助けられてたのは俺達だからな。おかげでこれからは、全うな仕事ができそうだよ」
恐らく、怪我を負わせたのは俺の弟で、包帯を巻いておられた時の傷のことだろう。
「ああ、そうしてくれ、エルもきっと喜ぶ」
「エルに伝えてくれ、何かあったらいつでも言ってくれ、必ず助けに行くからってな、って」
「ああ、分かったよ」
俺は用意した荷車で、中流貴族の邸宅が密集する王都の北区にある自分の屋敷へと向かった。
子供たちを迎えに行く前に、早朝の内に一度自分の屋敷へ戻ってきている。家令に巫女様の名は伏せて、十人の子供を預かることになった事情を説明し、迎える支度を頼んでおいた。
家政婦など不十分なことは多いが、彼らの屋敷よりも充分に広い邸宅だ。家令の準備で子供たちを迎えてやることが出来た。
休みの度に様子を身に来ることを約束し、後は家令に託した。
別れ際、俺は子供たちから、白詰め草を束ねて編んだ花冠を受け取った。
それは前の屋敷で、俺がゲイツの話を聞いている間に、子供たちが編んだものだ。
神殿に戻ったときにはとっくに夕食の時間が過ぎているころだった。
俺は神官のお仕着せに着替えると、白詰め草の花輪を手に、巫女様の居室へ向かった。
自分の屋敷を出る前に、家令が気を利かせて花輪に水を掛け、木箱に納めてくれた。いっとき、花は精気を取り戻したが、やがて萎れ、枯れて細くなり解け掛けている。家令が木箱に入れてくれていなければ、編み目が解けてバラバラになっていたかもしれない。
内心で家令に礼を言い、俺は居室におられる巫女様にお声を掛けた。
「子供たちから預かって参りました」
談話室で、宦官が巫女様に茶の用意をして退室するのを見計らってから、俺はあの屋敷の貸し出しをゲイツに伝えたことと、ゲイツからの伝言を伝えた。
そして、浅い木箱の蓋を開いて巫女様に差し出した。
巫女様はそれを受け取り、萎れた花輪を見つめた。
「環境が変わり、しばらくは慣れないでしょう。子供達に何かあれば、家令より報せを私に寄越すよう言いつけてあります」
巫女様は嬉しげに微笑まれて、そっと箱の中の花に、指先で触れて撫でた。
俺はまだ、彼女の笑顔を見慣れず、思わず見つめてしまう。
巫女様は宦官を呼びつけ、なにやら小声でお命じになられた。
しばらくして戻ってきた宦官は、盆の上になにやら布でくるんだのもを乗せて運んできた。
巫女様は布の包みを取ると、宦官を下がらせ、手にした布の包みを俺に差し出した。
俺は一目でそれが金だと察しをつけていた。
「子供たちの養育費。これで必要なものを揃えてあげて欲しいの」
布の包みを巫女様の前へ、押し返した。
「いりません。頂かなくとも私の給料で充分賄えますし、彼らに必要なものは既に家令に命じて手配も済んでおります。すぐに充実させますので、ご心配には及びません」
「あなたの子供じゃないんだから、そこまでしてくれなくていいわ」
「それは、巫女様も同じではありませんか」
俺は巫女様に金を出されて、胸の中にわだかまりを抱えてなぜか素直に聞き入れられなかった。
「違うわ。肉親じゃなくてもあの子達は私の家族よ」
ああ、やはり。
納得すると同時に、俺は寂しさを覚える自分に気づいて苦笑した。
二十二歳のいい大人が何を子供と張り合っているのか。
「わかりました。それであなた様のお気が済むのでしたら頂きましょう」
布に包まれた金を手に取った。
「一つ伺っても宜しいですか?」
「いいわよ」
巫女様は、俺が何を聞こうとしているのか察しているかのように、まるで湖の湖面のような凪いだ双眸をしていた。
「『家族』とまで仰られるあの子供たちと、どこで知り合われたのです?」
「孤児院よ」
立ち上がると、彼女は窓辺に近づき、遠くを眺めた。
「私もそこにいた。ある日、大人たちが忽然と姿を消して、私達子供だけが取り残された。のちに、国からの補助金んが途絶えたことが原因だったことが分かったわ。大人たちは自分たちだけが逃げて、子供たちを見捨てたのよ。私たちは食べることに窮して、草や虫を捕まえて空腹に耐えていた。そんなある日、神殿の使いが私の元に来た。先代の巫女様が私の素質を見抜いて、私だけが神殿に連れていかれ、次期守護者として、教育を受けることになったの。それは、多額の給金のを与えられる代わりに、自由は奪われることにもなった。先代の巫女様に私は涙ながらに嘆願して、神官の眼を盗んで抜け道を教わり、密かに同じ孤児院にいた子供たちに会いに行った。あの子たちが頼れるのは、私だけだった」
「ゆえに、巫女様は大人や他人が信用できなくなったのですね?」
「そうよ」
瞼を閉ざすと、俺は内心で溜息を吐いた。




