第16話 覚悟上等!
こいつらとの縁を断ち切らせる為に、俺は大嘘を付いた。
「お前らの気持ちはよおく分かったぜ。だがエルは俺のもんだ。俺と将来を誓い合った俺の婚約者だ」
ぷっ、とゲイツが噴出す。
「おいおい、誰がそんな嘘信じるんだ。お前、自分がエルに気色悪がられてんのを知らねぇのか」
「俺の冷淡なお姫さまは照れ屋だからな。本人の口から言わせてやるからちょっと待ってろ」
俺は巫女様のフードを脱がせると、彼女の耳元に顔を寄せて、彼女にしか聞こえない声で囁いた。
「お戻りになられたら、何でもいうことを聞いて差し上げます。ですから、どうか話を合わせて、彼らと縁を切ってください」
あなたとて、これ以上の長丁場も、騒ぎも、起こしたくはないだろう。
巫女様は諦めたように溜息をついた。
「……ディーンの言っていることは本当よ。……婚約したの……」
あなたはそう答えざるを得ないだろう。
「マジかよっ」
リーダー格の男が額に手を当てて天を仰ぐと、周りにいた男達がいよいよ案じて傍に寄ってくる。
「お嬢、悪いこた言わねぇ、こいつだけはやめときな」
「知らねぇかもしれねぇが、とんでもねぇすけこましだぜ」
「女を次から次へと取っ替え引っ替えだ。都でどれだけの女が泣かされてることか」
「同時に何人もの女と付き合い、既婚者も恋人持ちも関係ねぇ。ひでぇ男だ」
概ね間違っちゃいねぇが、巫女様の前で随分と誇張して言ってくれるもんだ。
「やっかむんじゃねぇ、不男どもが。言ってんだろう、やめたって。心配しなくたって、エルだけは泣かせねぇ。だから俺に彼女を返してくれ。二度と危険なことをさせないでくれ」
婚約者であれば当然の言い分だろう。
後半は巫女様への嘆願でもあった。
ゲイツは、厳しい顔つきで俺を鋭い眼光で凝視した。
「その言葉に、二言はないんだな」
「でなきゃ、誰が夜中にこんなとこまで来るかよ」
「そりゃそうだ」
野次の中にはまだ何か不満そうな顔がちらほらあったが、それでも静かに成り行きを見守っていた。
腕の中で、巫女様が俯いて小さくなる。
「……ごめん……」
巫女様の呟くような弱弱しい謝罪に、男達が諦めたように溜息をつく。
「いいってことよ」
「気にすんなよ、お嬢」
「俺達もいつまでもこんなことが続けられるなんて思ってなかったからな。けど、あんたは騎士団にも出来ねぇことをやってのけたんだ。盗賊団なんぞ図に乗らせちゃいけねぇ」
「誰がなんと言おうと、あんたはこの町の英雄だ。俺達の最高のボスだ。なんか困ったことがあったらいつでも頼ってくれよな」
「おう、そうだぞ。俺達はみんなあんたの味方だ、忘れんなよな」
俺にはひでぇ罵詈雑言が尽きねぇってのに。
なんだこの態度の違いは。
けど悪い気は全くしなかった。
「ありがとう」
巫女様は呟くように言って、時折鼻をすすり上げて泣いてらっしゃった。
男達が無骨な手で別れの挨拶代わりに、巫女様の小さな頭を乱雑に撫でていく。
この国で、国王陛下の次に尊い守護者とも知らず。
世話係の宦官以外が、決して気安く触れることなど許されない清き巫女姫を。
護衛たる俺はそんな彼らの手を阻まねばならないのだが、なぜかそんな気にはなれなかった。
それこそが何にも変えられぬ彼女への報酬に思えたからだ。
血も繋がらぬ子供達の為に環境を整え、顔も知らぬ会ったこともないであろう貴族の為に、危険を顧みず盗みを働き、雇った男達に自分が守護者として得た財を渡していた巫女様。
そこにどんな理由があるかは知らないが、彼女を温かく受け入れる居場所があったことだけは、俺にもわかった。
なんだか、やつらに負けたような気がして、少しばかり悔しい。
彼らから馬を一頭借りて、明けようとする空の下、俺は巫女様を乗せて神殿へ急いだ。
抜け出された通路へと戻っていただく。図書室へと繋がる抜け道だった。
終始俺の顔を見ようともせず、何も語ろうとしない背中は、小さく頼りない。
俺はもう聞かずにはいられなかった。
「なぜ怪盗ガーディアンなどなさっておられたのですか」
「言いたくない。何を言ったってあなたには……正義の味方気取りでスリルを愉しむ偽善者としか映らないでしょうから」
足を止め、背を向けたまま言い放った静かな言の中には、言葉にならない俺への憤りと失望が含まれていた。
なぜなら後半の台詞は、俺の言葉に他ならないからだ。
俺はいつだったか、神殿の庭先で部下の神官に怪盗ガーディアンについて、まさにそのままの台詞を語った。直後に近くにいらっしゃった巫女様に気づいたのだが、聞かれていたらしい。
どおりで嫌われているわけだ。
「心配しなくたってもうしないわよ。望みどおり大人しくしていてあげるわよ。だからもう、何も聞かないで」
「お約束いただけるのでしたら、控えましょう。ですがご了承いただきたいことがございます」
「なによ」
「こちらの通路と、井戸の抜け道は、早急に塞がせていただきます。宜しいですね」
「勝手にしなさいよ。何かあったときは全責任をあなたに取らせるまでよ」
「覚悟の上にございます」
僅かばかりも俺を見ない巫女様の背後で、俺は片膝をついて頭を垂れた。
隠し扉から図書室へと入った巫女様を見届けると、俺は図書室には入らず、隠し扉を丁寧に塞いで、裏山へと引き返した。
資材を集め、休むことなく、無心で通路を塞ぐ作業に没頭した。
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