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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert3.ブルーベリーマフィン
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第90話「エマージェンシー・"キディング"・フレンド」

 アンバーシェルには、所有者の位置情報を読み取る機能が標準で備わっている。一般的に公開しているわけではなく、端末の位置情報を共有している者同士なら、位置情報が自動的に共有される。一般的には家族間で使われているものであり、アンバーシェルを頼りに、目的の人物を探し求めることが可能だ。


 すでにビオレと情報を交換していたゾディアックは、アンバーシェルの画面に映る地図を見ながら亜人街を進んでいた。ビオレの位置は赤い点で示されている。

 そして点が重なるほど近づくと、目の前に廃墟が立ち塞がった。

 半壊した木造の一軒家。雨風が凌げて、最低限寝ることができればいいと物語っているかのような建物だった。


 ここにビオレはいるらしい。アンバーシェルの通話で呼び出そうとした時、家の玄関――だと思われるひび割れた壁――が外側に開かれ、ビオレが姿を見せた。


「マスター!」

「よかった。ここにいたのか」


 ビオレは笑顔でゾディアックに近づく。


「どうしたの、いきなり駆け出して。野暮用って言ってたけど」


 脳裏に殺意と焦りの色を浮かべた、ラズィの顔がよぎる。


「……し、知り合いがいたんだ」


 なるべく平常心で応えようとしたが、とっさに嘘がつけるような性格をしていない。言葉が詰まってしまった。

 ビオレは首を傾げたが、それ以上聞こうとはしなかった。


「中にいるのか? ふたりは」

「うん……あ、そうだ、マスター!! 見て欲しい人がいるんだけど!」


 ビオレはそう言ってゾディアックの手を取ると、引っ張り始める。ゾディアックはなされるがまま、その手に引かれていった。


 中に入ると、外と同じように四方の壁がひび割れており、今にも崩れ落ちそうだった。木造の床はギシギシと音が鳴った。

 鎧を着て、大剣まで背負っているため重量のあるゾディアックは、魔法で体を軽くしながら慎重に家に足を踏み入れる。

 そして居間だと思われる広い部屋に行くと、ミカと少年がいた。


「よかったよかった、会えて! 本当ありがとうね、あのときは」

「ん、よかったじゃん」

「むふふ~」


 ミカは笑みを浮かべて少年の頭を撫でた。姉と弟のようなスキンシップだった。


「だ、やめろよ! 頭さわんな!!」

「えぇ~? ふさふさで気持ちいいのに~」

「嫌がらせするなら帰ってもらうぞ! ていうか帰れよ!」


 そう言うと、少年は首を動かしてゾディアックの方を向いた。

 目が見開かれ、次の瞬間には渋面になった。


「……ゾディアック」

「……」


 黙って見つめると、少年はため息をついた。


「俺に会いに来てくれたのは嬉しいけど、早く帰った方がいい。ていうか、亜人街には近づかない方がいい」

「何でぇ?」

「なんでもだよ」


 ミカの問いに対して、鬱陶しそうに言葉を投げる。


「もしかして、私たちが襲われかけたのと関係があるの?」


 ビオレが聞いた。少年は黙った。

 ゾディアックもそれが気になっていた。亜人街とはいえ、商売繁盛する夜の時間帯に、上客であるガーディアンを武装した集団で襲うなど、普通に考えてありえなかった。

 沈黙が流れ、観念したかのように少年は口を開く。


「昨日、亜人がふたり殺されたんだ。死体は上半身と下半身が、それぞれ挿げ替えられて、近くの家に吊るされていた」

「挿げ替え……?」


 ビオレが首を傾げた。


「あ~……入れ替えって言った方がいいのか? 例えば、ゾディアックの下半身があんたの下半身になって、あんたの下半身がゾディアックの下半身に……」

「あ、うん、ごめん。わかった。もうやめて」


 ビオレは手の平を見せて、制止を促した。


「……それで? 誰が殺したんだ?」


 ゾディアックが聞くと、少年は目を細めた。


「……黒ずくめの、恐らくガーディアンだ。宝石が見えたらしい」

「色は」

「赤。多分ルビー」


 ルビーの宝石を持つ者など、キャラバンの中には中々いない。サフィリア宝城都市の中で言うなら、ガーディアンか、北地区に住む者か。だが、北地区の者が亜人街に来るわけがない。


「なるほど。それで全身真っ黒のゾディアックさんが疑われたと」


 ミカが納得したように頷いた。

 ガーディアンが同族を殺し、それだけでなく凄惨な死体を晒すように遺棄した。

 怒りも溜まるというものだろう。


 来るんじゃなかった。

 ゾディアックはふたりに呼びかけようとした。


 その時、家の扉が開く音がした。


「ただいまー。はぁ。疲れた。なんか食い物……」


 居間に姿を見せたのは、金色の毛並みが美しい、妖艶な美女狐だった。


「ジルガー。お帰り」


 少年がいつも通りの挨拶をすると、ジルガーと呼ばれた女性は歯を剥き出しにし、一歩後ろに退いた。


「な、なんでガーディアンがおんねん!!」

「……おんねん?」

「怨念?」

「オンネン?」


 聞きなれない語尾に、少年以外の3人は首を傾げた。


「なんやで、あんたら! ここに盗む物なんてなーんもあらへんわ! ちゃっちゃと出ていけ!」


 明らかに警戒している謎の言葉をしゃべる獣人に対し、3人は顔を見合わせた。

 少年が立ち上がり、ジルガーに迫る。


「まぁまぁ落ち着いてくれって。ジルガー。こいつらは俺の……その……」


 少年は言い淀んだ。友達、仲間。その言葉よぎったが、言っていいものか迷う。


「……その子の仲間だ」

「私の命の恩人なんです! だから、今日はお礼がしたくて」


 ゾディアックとミカが助け舟を出した。

 仲間と呼ばれたことに一瞬心が揺らいだが、平常心を貫き通す。


「ほら、前に話、したろ。不思議なガーディアンの話」


 ジルガーの目線がゾディアックに向けられる。


「黒ずくめのガーディアンやけど……」

「それとは無関係だよ。だいたい、もし本当にやばい奴だったら、俺らもう死んでる」


 少年がそう言うと、ジルガーは渋々といった様子で一度頷き、状況を把握し始めた。

 そして、ゾディアックを指さす。


「あんた、ガーディアンなんやろ? やったらあの異世界人(ビヨンド)持って行ってや」


 異世界人(ビヨンド)という単語に、ゾディアックは兜の下で片眉を上げた。

 ビオレがハッとしてゾディアックの腕を掴む。


「そうだ、マスター。忘れてた。こっち」


 腕を引かれながらついて行くと、隣の部屋にポツンと毛布が置かれており、人が眠っていた。

 目を凝らす。その人物は呼吸もしていたし生きてもいた。

 だが、魔力(ヴェーナ)が感じ取れなかった。


異世界人(ビヨンド)……」

「すごいねぇ。初めて見た。なんであれで死なないんだろう」


 めずらしいことだった。亜人街に来たのだとしたら、殺されていてもおかしくないのに。


「俺が拾ったんだ。だから生きてる」

「あんたはほんまにもう。犬猫飼うのとは勝手がちゃうのに!」

「だから悪かったって!」


 少年とジルガーのやり取りを聞きながら、ゾディアックは思案する。

 冷静に考えて、亜人街(ここ)に放置するのは危険しかない。少年だっていつもこの人物を守っているわけではないだろう。


 異世界人(ビヨンド)など、救う意味もない、魔法も使えない弱き者だ。正直保護する意味などあまりない。

 だが、助けられるものなら助けたい。


 引き取るべきかどうすべきか悩んでいると、アンバーシェルが振動した。

 ゾディアックは画面を見る。「ロゼ」表示されていた。

 人差し指を画面に滑らせ、通話を開始する。


「ロゼ。どうした」

『あなたの連絡通りに、相手は隠れ家に来ましたよ。ちょうどよかったので捕らえました』

「魔法使ったのか?」

『はい~。久しぶりに暴れました。気持ちよかった~』


 満足そうな声が聞こえた。ゾディアックは顔を引きつらせる。


「……殺してないよね?」

『まぁ……はい。えぇ。もちろん。まぁ、死なないでしょう』

「ロゼェ……」

『だ、大丈夫ですって! とりあえず拘束しておくので、監視を続けま~す。それでは、早く帰ってきてくださいね』


 通話が切れた。これは戻るしかなくなった。

 ゾディアックは一度セントラルに異世界人(ビヨンド)を預けていこうと思った。

 その時、ビオレのアンバーシェルが鳴った。


「あれ、誰からだろう?」


 ビオレは端末を見る。


「カルミンだ」


 言って画面を操作し、耳に当てる。


「もしもし、どうしたの? ……うん、え? カルミン、泣いているの? ……落ち着いて! どうしたの!? 何、聞こえない!」


 ビオレの表情と声色に焦りが浮かび上がる。

 ミカと少年、そしてジルガーでさえも、その切羽詰まった声に言葉を失っていた。


「うん、うん……え、う、嘘……。そ、それで大丈夫なの!? 今何処にいるの!?」


 信じられないといった様子のビオレは、両手でアンバーシェルを握り、声を張り上げた。


「……うん、わかった。すぐ行くから。とりあえず、落ち着いて待っててね」


 ビオレは通話を切った。それと同時に、怯えたような、焦っているような視線をゾディアックに向けた。


「どうした?」


 ゾディアックが聞く。

 ビオレは、唇を震わせながら言った。




「……ベルクートさんが、襲われた。重症だって」




 ビオレは、言葉を震わせながら、そう告げた。





お読みいただき、ありがとうございます。


次回もよろしくお願いいたします。

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