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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert3.ブルーベリーマフィン
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第74話「ブルーサン・"シスターズ"・ナイトクラウド」

 その日は月も見えない漆黒の夜だった。

 姉に手を引かれながら、降りしきる雨の中、ぬかるんだ土を蹴飛ばし、必死に走り続けていた。

 片手で本を抱きながら、走り続けていた。


「どこに行った! 探せ!!」


 男の声が聞こえた。


「おい、もういいだろ!」

「馬鹿野郎!! 親を殺したんだ! 子供を見つけ出さなきゃ、こっちが危険な目に合うんだぞ!」

「相手は子供だぞ!」

「根絶やしにしねぇと――」


 声が遠ざかっていく。

 今何処を走っているのかわからない。

 もう嫌だった。こんなに怖い思いをするなら、いっそ見つかった方がマシだと思った。


「お姉ちゃん、もういいよ。私疲れたよぉ」

「しっかりしてラズィ! 逃げなきゃ!」

「だ、だって、お父さんもお母さんも死んじゃって」

「大丈夫! 私がラズィを守るから!」


 泥まみれの姉は力強い言葉でそう言った。

 いつも励ましてくれる。いつも力を貸してくれる。

 そんな姉の後ろ姿が、輝いて見えるようであった。


 そして姉と必死に逃げ続け、風の国と呼ばれる「ラフト国」の門までたどり着いた。

 国の衛士が傷ついたふたりを見つけ、父と母の知人に保護された。


 8歳と5歳の少女ふたりは、その時ようやく、助かったんだと理解した。




★★★




 ラフト国は風の国と呼ばれるだけあり、山を削り取って作られた巨大な自然国家である。

 心地よい風が吹き、争いを好まない平和な国だ。他の国にありがちな亜人種の格差社会だけは存在しているが。


 ラフト国の市場近くにある孤児院施設に預けられたふたりは、両極端な成長をした。

 姉であるサンディは、明るく元気で、どこか気の抜けた少女だった。


「サンディさん。掃除の指示は任せましたよ」

「わかりました~先生~」


 施設の経営者からも好かれ、親のいない子たちは皆がサンディを姉と慕っていた。人望もあり、それでいて優しく、雰囲気は柔らかい。

 勉強を教えている先生の間では「天使のようだ」と言われているほどの人気者だ。


 だが、ラズィは違った。

 暗く陰鬱でひとりを好んでいた。部屋の隅で本を読み、誰とも話さない少女だった。髪は長く、いつも顔を隠していたため、表情がわからない。不気味と呼ばれるような見た目をしていた。

 顔は似ているが性格はまったく似ていない。ラズィもそれを理解していた。


 サンディは青空に包まれた暖かな太陽。

 ラズィは月すら隠してしまう冷たい夜の雲。

 周囲は、ふたりをそう評価していた。


 当然ラズィは施設内で厄介者になり、施設内の子供たちからよくいじめられていた。


「ディアブロ族だ! 石投げろ!」

「早く死ねよ~! 死んで出ていけ!」

「ディアブロは火あぶりして首飛ばさないと死なないんだってー。お父さんが言ってた」


 頭に石をぶつけられても、ラズィは耐えていた。抵抗する気なんてなかったからだ。

 本当に火あぶりにでもされたら、お父さんとお母さんに会えるのかなと、本気で思っていた。


 いじめは徐々に過激になっていき、木剣で叩かれることもしょっちゅうだった。酷いときは男の先生がいじめに参加することもあった。

 先生はラズィを助けず、いつもラズィが読んでいる本を奪い取った。


「先生もなぁ。君がしっかりと授業を聞いてくれればこんなことしなくてすんだんだぞ?」


 大好きだった本を奪われ、ラズィは抵抗しなかった。

 いや、できなかったのだ。もし抵抗したら、殺されるかもしれないと思っていた。


 死ねば両親に会えるかもしれない。けれど死にたくはない。

 精神的に限界だったラズィができることは、ただ泣くことだけだった。

 そのまま本は奪われたまま、ラズィはひとり寂しく夜を迎えた。


 翌日、本が枕元に置かれていた。

 驚いた様子で先生を探したが、姿はなかった。


「あの人、クビになったって~」


 サンディが声をかけた。右目が紫色に腫れ上がっており、ところどころ包帯が巻かれていた。


「いやぁ、参っちゃうよね~。あの先生小っちゃい子に興味があったみたいでさ~。私が誘惑したらまんまと乗せられて」

「お姉ちゃん……」

「それで本も奪い返したから、あの男クビにしようと頑張ってたの~。そしたら最後の最後に殴られちゃって、マジで死ぬかと思っちゃった~」


 楽し気に笑う姉に近づき、ラズィはその頬を叩いた。


「ばかっ!!」

「な、なに……」

「お姉ちゃんのばかっ!! 本なんかどうでもよかったよ! なんでひとりで無理するの! お姉ちゃんがいなくなったら私どうすればいいの!?」


 真珠のような涙をボロボロと零しながら、ラズィは必死に声を出した。

 姉の優しさが骨身に染みていた。危険な思いをしてきた姉に対する感謝の気持ちはあったが、不安の方が勝ってしまった。


「大丈夫だよ、ラズィ」

「へ……?」

「お姉ちゃんは、絶対にいなくならないからねー! だからラズィも戦うんだよ」

「戦う?」

「そうだよ~! 嫌なことは嫌だって言って、大切な物が取られたら、絶対に取り返す! どんな思いをしたって必ずねー」


 サンディは太陽のような、暖かい笑みを浮かべた。


「だから、自分の心を捨てないで。何かあったら、お姉ちゃんが守るから」


 明るく強く優しい。

 姉は、ラズィにとって誇りであった。

 ラズィはこの日から、自分の心に正直になった。


 姉と一緒に生きたい。そう思うようになった。




★★★




 成長したふたりは施設を出て、ガーディアンとなった。自分たちの生活費と、お世話になった施設に寄付する金を稼ぐために、サンディが提案したのだ。


「一緒にやろうよ、ラズィ!」

「うん、お姉ちゃんがそう言うなら」


 そう言うと、サンディはしかめっ面になった。


「むぅ~。やりたくないなら私ひとりでいいよぉ~」

「ち、違うよ!!」


 ラズィはサンディの手を掴んだ。


「私も、お姉ちゃんと一緒に戦いたい」


 サンディは笑みを返した。


「うん! ラズィがいれば、楽勝だねぇ~」


 そうしてふたりは、コンビで活動し続けた。

 はじめは槍術士(ランサー)だったサンディは途中から魔術師(マジシャン)となり、魔法の勉強に明け暮れた。

 魔力(ヴェーナ)の量が多かった彼女は、めきめき頭角を現していった。


 一方、ラズィは身のこなしと近接武器・戦闘に関してはサンディよりも才能があったため、剣術士(ソードマン)として活動していた。

 前衛職としてサンディを守れるように、彼女は日々訓練を行っていた。


 しかし問題があった。それは彼女の性格である。

 成長しても暗く陰鬱とした性格は直っておらず、彼女に剣を教える者はまったくいなかった。教わる態度も最悪だったからだ。

 ラズィはそれを自覚していたが、直さなかった。他人から教わるより、自分の才能の方を信じていたからだ。


 ある日、ガーディアンたちが使う練習場も追い出され、ラズィはひとりで訓練を行っていた。

 木人相手の、木剣を使った稽古である。その日は調子が良かったのか、剣が自分の腕のように自在に動かせた。


「ほう。見事だな」


 まるで、背中を舐められたような不快感にラズィは襲われた。

 木人から視線を切り、振り返る。

 そこには誰もいなかった。


 空耳か。ラズィは首を傾げて木人に向き直った。

 

「しなやかな絹布のように揺れ動いていた。見惚れてしまったよ」


 布服を着た大柄な、獅子の顔をした獣人が木人の隣に立っていた。

 気配もなく音もなく、いつの間にかそこに現れたようだった。転移魔法(テレポ)でも使ったのかと錯覚してしまった。


「誰?」


 木剣を切先を向けて問う。警戒心の強いラズィは、初対面の相手だろうが武器を持っていたら威嚇するのが癖になっていた。

 獅子は愉快そうに肩をすくめると、ラズィを睨みつけた。


「随分と、生意気な子らしい。才能溢れるが故の態度か、それともただ傍若無人なだけか」


 獅子の体が揺らいだ。


「どれ」


 次の瞬間、目の前に肉食獣の牙が、ラズィの瞳に映った。


「お手並み拝見」


 ラズィは目を見開いて木剣を振った。

 直後、鮮血が宙を舞った。



お読みいただき、ありがとうございます。


次回もよろしくお願いいたします。

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