第73話「ミステリー・"ペインフル"・メモリー」
セントラルに戻ったゾディアックたちは、受付に向かった。
相変わらず中は活気にあふれており、あるテーブル席では上半身裸になった男たちふたりが肩を組みながら大声で歌っている。しゃがれた声だが決して下手糞ではない。
受付に行くと、レミィが耳を立ててゾディアックを捉えた。
片手を上げて軽く挨拶をする。
「お疲れ様……あれ、早くないか?」
まだ行ってから1時間と経っていない。ゾディアックの強さがあればその程度のモンスターだったのかもしれないが。
疑問符を浮かべるレミィに対し、ゾディアックは事情を説明した。
「ふぅん、誰かがやっちゃったのか」
煙草を咥えたレミィは腕を組み、口元に笑みを浮かべる。
「まぁ楽できてよかったじゃないか」
別に昇格がかかった重要な任務でもない。レミィの反応は当然であった。
楽できたことはいいかもしれないが、報酬は当然ながら受け取れない。ゾディアックは兜の下で、微妙な表情を浮かべていた。
ベルクートを見据えると「まぁしょうがないだろ」と言うように肩をすくめて片頬を上げた。
とりあえず新しい任務でも受けるようと思い、口を開いた瞬間。
「あ、マスター!!」
声をかけられゾディアックは振り向いた。ビオレのパーティがそこにはいた。
ビオレの軽鎧と服には血が付着していた。だが、ビオレ自身に怪我は見当たらない。
「どうしたんだ、その血は」
「それが、任務が終わって帰ろうとしたときにガーディアンを見つけて。みんなモンスターにやられちゃったのか……」
「死んでいたのか」
「うん」
「ランクは?」
「サファイアだった」
ゾディアックは眉根を寄せた。
サファイアはエメラルドのひとつ上である。厳しい昇格試験に加え、”実技試験”も潜り抜けた者たちに進呈されるランクであるため、実力はかなりあるはずだ。
レミィもまた、奥歯を噛んでいた。受付はガーディアンの顔を一番よく見る仕事である。少し前まで知っていた顔がもう見れなくなるのは、心に来る。悲し気な表情を浮かべぬよう、歯を食いしばって耐える。
「嬢ちゃんたちは無事かい?」
ベルクートが聞くと、カルミンがずいと迫る。
「はい! おじさまもご無事で何よりです!」
まるで崇拝する司教にでも会ったかのような、爛々とした目を瞬かせながら、カルミンはベルクートを見上げた。
「あ、ああ。ありがとよ」
輝きに負けたベルクートは視線を逸らす。ナンパなどをしているため女遊びを好んでいる男だが、迫られると弱いのが丸わかりだった。
「遺体はどこに?」
「南地区のグロウ病院へ運びました。今は死亡した原因を突き止めております。お祈りは、すでに済ませております」
レミィが聞くと、ロウルは頭を下げてそう答えた。職業柄、死者の弔いも何度か経験したことがあるのだろう。淡々とした口調でそう告げた。
「そうか」
「まぁ、ありがちな話だ。嬢ちゃんたちも気をつけなよ」
「はい! おじさまたちも気をつけて!」
そう。ありがちな話だ。だが、ゾディアックは違和感を覚えていた。
サファイアのパーティを屠れるモンスターがいるとしたら、ビオレたちでは対処できないのは必然だった。
「な、なぁ」
ゾディアックが声を出す。ラズィをのぞく全員の視線が注がれる。
うっ、と押し黙る。何から話せばいいのか、わからなくなった。
「そ、その……」
「マスター?」
内心、辟易しているゾディアックは声が出せずにいた。
するとレミィとベルクートが声を上げた。
「まったく、相変わらず心配性だなぁ、うちの大将はよ!」
「パーティのシャッフルを提案したいんだろ? いいんじゃないか?」
ふたりの助け舟に対し、ゾディアックは頷きを返す。
「なにそれ、楽しそう!!」
ミカの同調もあり、一同は盛り上がりを見せていた。
その中でひとり、ラズィだけが渋い顔をしていた。
「……どうかされましたか?」
近くにいたロウルが問うと、ラズィは弾かれたように肩を上げ、いつも通りの笑みを浮かべる。
「いえいえ~。なんでもありませんよ~」
そう言ってロウルから離れると、ゾディアックたちに話しかけた。
まるで逃げるようなその動作に、ロウルは首を傾げた。
★★★
「それでね! 私とマスターのゴールデンコンビがモンスターを一気に倒したわけ!! ミカの罠も発動してね! 相手を一か所に集める罠は便利だったなぁ」
夕食、ビオレは楽しそうに今日の任務内容をロゼに話していた。
この世界の住民から嫌悪される、ディアブロ族のヴァンパイアであるロゼは、外に出ることができない。ビオレの話は、ロゼにとって楽しみのひとつでもあった。
以前まではゾディアックがその役割を担っていたが、強いゾディアックとは違う視点が語られているため、毎回楽しそうに聞いていた。
「ゾディアック様も以前、罠を使っていましたね」
「本当!?」
「ああ、作り方なら覚えているから、教えてあげよう」
「やったー! 私、フックショット使ってみたい!」
「……いるのか? 風魔法得意だろう」
「わかってないなぁマスター。カッコいいから使いたいの!」
そんな会話をしながら夕食を終えると、ビオレはソファに座ってヴィレオンを点ける。
手に持ったアンバーシェルでユタ・ハウエルを起動し、ヴィレオンに画面を映す。最近は通話以外の機能も使いこなせるようになってきていた。
ゾディアックはその隣に座る。今日は「アンヘルちゃん」の生放送の日だったからだ。
生放送を行う投稿者の中で抜きん出ている人気を博している「アンヘルちゃん」。変身魔法を使っているため、実際の姿ではない。だが魔法の完成度が高すぎるため、気付いているのはゾディアックと極一部の視聴者だけだろう。
「今日はどんな曲歌ってくれるかな!?」
「前は激しい曲だったからな。今日は悲し気かもしれない」
「いいですね。しっとりとした歌を聞いてみたいです」
洗い物を終えたロゼが、ビオレの隣に座る。
自然とふたりに挟まれるような形になったビオレは、両者の手を握る。白い小さな手と、褐色肌の大きな手。
ゾディアックとロゼは同時にビオレを見る。
「えへへ……」
ビオレは恥ずかし気に笑みを浮かべた。
「駄目かな?」
「……俺は構わない」
「私もですよ! なんか、親子みたいですね!」
そう言ってロゼはビオレに体を押し付ける。
楽し気な叫び声を上げ、ビオレがゾディアックに体重を預ける。
ふたりの体重がのしかかったが、ゾディアックはビクともしない。
「……ちょっと重い」
「はぁ!!?」
「なんて言いましたか、ゾディアック様!!」
「サイテーだよマスター!!」
「ご、ごめん……」
その瞬間、ヴィレオンが「アンヘルちゃん」を映し始めた。
今日の曲は、ゾディアックの言っていた通り、悲し気で切ない曲だった。いつものダンスもない、歌だけの放送だった。
その歌声を聞いて、ゾディアックは首を傾げた。
どこかで、聞いたことのあるような、歌声だったからだ。
★★★
不幸中の幸いというものだろうか。
ゾディアックの家は一般人が寄り付かない西地区にあり、おまけに周りには空き家が多いという場所にあった。
張り込みを行うには絶好の条件が整っていた。ラズィは家を監視できるよう、近くの空き家に身を潜ませ、ジッとゾディアックがいるであろう家を見つめる。
窓掛けが閉められているが、光は外に零れている。防音対策はしっかりしているらしく、音は漏れて来ない。
隙や弱点を早く見つけて、ゾディアックを襲う。それだけだ。
いや、相手はこちらに警戒心を抱いていない。もしかしたら、正面から行っても特に苦労しないかもしれない。
さまざまな作戦を頭の中で展開しながらターゲットの動向を探る。ラズィが”仕事中”、いつもしていることだ。
きっと、家の中では楽し気な会話をしながら夕食を食べているのだろう。
ラズィは保存食である麦パンを齧りながら、ジッと家を見つめる。
微かに見える家の明かりを見つめながら、ラズィは昔のことを思い出していた。
姉と笑い合っていた幸せな日々を思い出していた。
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