第64話「それぞれの帰路-1」
セントラルから出て、一同は、いつもゾディアックが使っている細路地にやってくる。
夜になると不気味なほど暗くなるこの場所だが、今日はお祭りのような賑やかな声と月明かりのせいで、いやに明るかった。
「んじゃ、ここで解散すっか」
ベルクートが言うと、誰一人として異論は言わず、頷きを返した。
「あー、そうだ。少年」
獣人の少年が、尻尾を動かしながら自分を指でさす。
「お前以外少年いねぇだろ」
「なんだよ、オッサン」
「夜とはいえこんなに人が多くなってきたら、獣人としてはマズいんじゃないか?」
獣人といった亜人に対して、この国の住民は優しくはない。ゾディアックたちなどは、稀有な存在だ。
この騒ぎで絡まれる可能性は充分にある。
「お前亜人街住みか?」
「だったら?」
「送るぜ? ガーディアンと一緒だったら誰も襲って来ねぇし」
良案だと聞いていたゾディアックは思った。
だが、少年は頭を振った。
「いらねぇよ! 家に帰るくらい、自分の力でできる!」
そう言って踵を返す。
「じゃあな!!」
「……今日は助かったぞ。ありがとう」
ゾディアックが礼を言うと、「別に」と小さく言って、少年は走り去って行った。
「あのガキ、ゾディアックの知り合いなのか?」
「まぁ、そんな感じ、かな」
「交友関係が広いんですねぇ、ゾディアックさんは」
ラズィはとんがり帽子をかぶり直して言うと、背を向けて歩き出す。
「それじゃあ、私もこのへんで~。今日は、全然役に立たなくてごめんなさいー」
「いいや、そんなことない……」
「おう。いてくれて助かったぜ」
ラズィがクスッと笑う。そして、視線をビオレに向ける。
「早く元気になってくださいね~、ビオレちゃん」
にっこりと笑って言うと、ひらひらと手を振って、ラズィは去っていった。
「じゃあ、俺も行くわ」
ラズィの姿が見えなくなると、待っていたと言わんばかりにベルクートは背を向けた。
「あばよ、ゾディアック」
ふたりには目もくれず言うと、ポケットに両手を入れ歩き出した。
「……ベルクート!!」
ゾディアックは背中に呼び掛けた。
相手の足が止まる。
「やめるのか? ガーディアン」
「だとしたら?」
「……やめるなよ」
ゾディアックの声は真剣だった。
「また、明日、会おう」
「なぁ、俺を止める必要あるか? 俺は銃売ってる犯罪者に近い、半端モンだぜ?」
「あるよ、だって……ベルクートは、この国でできた、仲間なんだ」
理由はどうあれ、ゾディアックに話しかけ、危険な任務にもついてきて、さきほども一緒に戦ってくれた。
ゾディアックは、それが嬉しかった。仲間と一緒に戦うことに喜びを感じていた。
「だから、行くなよ。ベル」
ゾディアックの言葉を聞いて、ベルクートは目を細めた。
口を開き、しかし言葉は出さず、誤魔化すように鼻で笑うと何も言わずに足を動かした。
ゾディアックも何も言わず、ただ黙って人混みに紛れて消えていく、ベルクートの背中を見つめ続けた。
★★★
群衆は歓声を上げて空を見ている。
アンバーシェルを使って、記念撮影を行なっているガーディアンも大勢いた。
狐の少年は人気のない道を通りつつ、空を時々見上げていた。
なんとも美しい光景だった。一度見たら死ぬまで二度と忘れられないような、幻想的な空模様。
オーロラに見惚れていた少年は、今日知り合ったガーディアンたちの姿を思い浮かべた。
獣人の自分ができることなど、何もないと思っていた。
だからいつも通り、無理やりついてきたを貶され、邪魔者扱いされるだけだと思っていた。
だが、彼らは違った。
体を張って守ってくれた。お礼まで言ってくれた。
あの人たちの姿は、かっこよかった。
少年は視線を空から正面に向け、亜人街に向かって駆け出す。人通りが多くなったため、壁を蹴って屋根の上に乗ると、屋根伝いで進んでいく。
少年の目は、もはやオーロラも夜空も月も映していない。
映しているのは未来の自分の姿。
「……よしっ!!」
少年は決心したように声を発すと、自分の目標に向かって走り始めた。
★★★
やっと家に帰ってこれたと、ゾディアックは安堵のため息をつく。
隣にいるビオレを見下ろす。さきほどからずっとうつむいている。
ゾディアックは声をかけようとするが、何を言っていいのかわからず、視線をあちこちに向ける。
明らかに挙動不審であり、鎧がガチャガチャと音を立てるが、ビオレは無反応だった。
その時、家の扉が開いた。
「外で何してるんですか、まったく」
ロゼが姿を現し、不服そうな顔をして腕を組む。
「近所迷惑ですよ、ゾディアック様」
「近所、誰も住んでないだろ……」
「そうでした」
クスッと微笑み、ロゼはふたりを見る。
「ご無事で何よりです」
「ああ」
「……」
ビオレはロゼの言葉を聞いても黙っていた。その反応に対し、口ゼは小首を傾げ、ゾディアックは後頭部に手を当てた。
「いろいろと、大変だったんだ」
「なるほど」
口ゼはビオレに近づき、膝を折って顔をのぞき込む。
「ビオレ、そんな泣きそうな顔をしないでください。綺麗な顔が台無しですよ」
手を伸ばし、汚れた類を無でる。自身の白い手が汚れることを、ロゼは微塵も気にしなかった。
「とりあえず中に入って、いったん落ち着きましょう。そうだ、今日のご飯はちょっと豪華で」
「……たし」
ビオレはロゼの言葉をさえぎり、ポツリと言った。
「私、このままガーディアン続けていいのかな」
疑問の言葉に、ゾディアックとロゼは顔を見合わせる。
「私、今日、何もできなかった。マスターたちが来ていなかったら……死んでた」
ビオレは服の裾をぎゅっと握り絞める。
「マスターに何も言わないで、自分の力で何とかなると思って、戦って、こんな、ことになって……みんなに、迷惑かけて……」
涙で潤んだ瞳が地面から外される。
「それなのに、なんで? なんでほっておかなかったの? 怒ってくれないの?」
ビオレの視線は、ゾディアックに向けられた。
「私みたいなダメな奴、怒られて当然なのに、どうして! 私なんてガーディアンなんかできるような、力も能力もない!! 仲間に迷惑ばかりかけてるばっかり!」
ビオレの大声が夜空に響き渡った。
ロゼは何も言わず、ゾディアックを見つめる。
ゾディアックにもわかっていた。自分が言葉を言うべきだと。
「ビオレ」
ロゼと入れ替わるように、ゾディアックは片膝をつき、ビオレと視線を合わせる。
そして、兜を外す。褐色肌と群青色に近い髪の毛が外気に晒され、端正な顔立ちをしたゾディアックの素顔が露になる。
視界が兜の隙間からではないため、ビオレとオーロラの夜景がよく見える。
「最初」
言葉をいったん止める。ここでいつもみたいに「あの」やら「えっと」と言いたくはなかった。
ゾディアックは頭の中で慎重に言葉を選び、文章を繋げていく。
「最初は、君に怒ろうと思っていたんだ」
ビオレが悲し気に目を伏せる。
「連絡もせず、初めてのパーティとダンジョン攻略に行ったって聞いたときは、正直気が気じゃなかった。ビオレは亜人だから。だから、何か一言だけでも言ってくれって思ったよ。せっかくアンバーシェルを渡したんだから。そう思ってた。たとえ任務中に死んだとしてもガーディアンだから、覚悟はしているだろうとか……思ってた」
ゾディアックが兜を地面に置く。
「けど、助けの声が来たら、そのまま放っておくなんてことはできなかった。仲間だから。俺だって、ダメダメだよ。けど、ビオレと一緒に戦えて、嬉しかったし、楽しくて、自信が持てた」
「……そんなわけ」
「ある。だからビオレを必死に助けようとした。そして、ボロボロになった君を見た時……」
ゾディアックは両手で、ビオレの小さな手を握った。
壊れ物を扱うように、優しく包み込んだ。
「怒りなんて、どこかに消えてしまったんだ」
知らず知らずのうちに、言集が震えていた。それでもゾディアックは言葉を続けた。
「ビオレ」
顔を上げる。ゾディアックの目元は、かすかに濡れていた。
「君が無事で、よかった」
心がこもった声を聞いて、ビオレは頭を振る。
「私、私、何もできなかったよ。傷を負っただけで……」
「確かに、ビオレはボロボロだ。けど立派だ」
「なにも立派じゃ」
「仲間を見捨てて、逃げなかっただろ?」
ビオレは大きな瞳でゾディアックを見つめる。
「何もできなかったかもしれない。けど、立ち向かっただろ?」
ゾディアックは柔らかな笑みを浮かべた。
「立派だよ。君は、ビオレは……立派なガーディアンだ」
その言葉を聞いた瞬間、ビオレの感情が爆発した。水をせき止めていた堤防が決壊したかのように、目からとめどなく、涙があふれ出していた。
ゾディアックはビオレを抱きしめる。漆黒の固い鎧を着たままだったが、それでもなぜか、ビオレの体温は感じ取れた。
その光景を見ていたロゼは、置いてあった兜を手に取る。
「私も帰りを待っていたんですけどね〜」
唇を尖らせ拗ねたように言って、兜を見つめる。
「ロゼ」
「なんですか」
呼びかけに対し、ロゼは兜で顔を隠しながら、ふたりの方を向く。
「ただいま」
ゾディアックがそう言うと、ロゼは兜をずらし、ニッと笑う。
「おかえりなさい!! ふたりとも!」
白い歯を見せて、満面の笑みを顔に浮かべ、そう言った。
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




