第57話「パーティ会場」
視界が開けると同時に、強烈な血の臭いが感じ取れた。
ゾディアックは駆け出し、臭いの根源を探す。
すぐに見つかった。血塗れのふたりのガーディアンが倒れており、血の臭いにつられたウルフたちが、牙を剥き出しにし、今まさに食らおうとしている場面が見えた。
「やめろ!!!」
大声を出し大剣を抜くと、横薙ぎの一閃を見舞う。群がっていたウルフたちが弾き飛ばされ、何匹か絶命する。
ウルフたちは怯えた声を出しながら走り去っていった。
「大丈夫か」
大剣を地面に置き、膝をつくと、身体の損傷が少ない方に声をかける。
返事はない。口が半開きになっており、目は虚空を見つめていた。
喉に手を当てる。弱々しいが、まだ脈がある。
「ベル、来てくれ!!」
返事はなかった。振り向くと、ベルクートが走ってくるのが見えた。
「お前速いんだっつぅの!!」
ベルクートは呼吸を整えながら、傷ついたふたりを見つめる。
「神官の方、もう死んでるぞ」
「わからないだろ」
「内臓飛び出して腰も背骨も砕けてる。この状態で生きていたら、それこそモンスターだろ」
ゾディアックはぐっと押し黙った。
ベルクートは傷ついた盗賊の女性を見下ろし、腕を組む。
「で、この子たちはどうする。セントラルに預けに戻るか?今度はビオレちゃんが間に合わなくなる。さっさと先に進もうぜ」
「⋯⋯とりあえず応急手当だ」
そう言ってゾディアックは小手をつけたまま、神官に近づき、回復魔法を使う。
内臓を戻し、折れた骨を修復し、傷口を塞ぐ。これくらいはゾディアックにとって朝飯前だ。
しかし、それで完治するわけではない。現在は"ガワだけ"綺麗にしている状態であり、ダメージ自体はほとんど回復していない。危険であることに、変わりはない。
次に盗賊の傷を治していく。これで今すぐ死ぬということはないだろう。
ゾディアックは盗賊を抱えて、近くの木の陰に下ろし、神官も隣に寝かせた。
赤黒く変色した血が、ゾディアックの小手と鎧を濡らした。
ゾディアックはガーディアンであれば見つけられる、特殊な霧の魔法を使い、ふたりを隠す。
「すぐ戻るからな」
優しい声で言った。これでモンスターに襲われる心配はない。
「行こう」
ゾディアックはベルクートを見ずに言うと、剣を背負い、来た道を戻る。ベルクートは黙ってその後を追った。
城まで歩くと、ふたりはそれを見上げた。
外壁がところどころ壊されており、今にも崩れそうなほど脆く見え、生物の気配を感じられない。
だが、禍々しい雰囲気を放っているのは確かだった。
「ベル、感じ取れるか?」
問いかけるが、返事はなかった。
ベルクートはそれが聞こえていなかった。
過去の声が、憧れていた存在の声が、聞こえていたせいだ。
ベルクートは顔を歪める。薬を飲んできたはずだが、どうやら効き目が薄まっているらしい。
「ベル?」
怪訝な声でもう一度問いかけると、ベルクートは頭を振った。
「ああ、悪い。昔のこと思い出してた」
ゾディアックの隣に立ち、城を見上げる。
「はぁ〜、なるほどね。こりゃ集中しねぇとわかんねぇわ」
城の周りには魔力が立ち込めていた。城全体を覆うような巨大な魔力を感知できるということは、このダンジョンの仕組みや、そこに存在するモンスターは、想像以上に強力で危険であることを物語っている。
しかしその危険な空気は、ベテラン枠であるゾディアックとベルクートが、集中して"なんとか"感じ取れたものだ。
駆け出しのガーディアンが、その危険度を感じ取ることなど不可能である。
ゾディアックは武器を抜いて、ダンジョンの入口である扉の前に立つ。
そして、苛立ちをぶつけるように扉を破壊した。
轟音が鳴り、吹っ飛ばされた扉は音を立てて壁にぶつかる。埃が舞い、廃墟と化した空間に音が反響する。
中に入ると至る所から呻き声が聞こえた。
「……リビングデッドだ」
「マジかよ、"また"死者共のパーティ会場に来ちまったか」
ベルクートは後頭部を掻いた。
ゾディアックは武器を構える。
「援護を」
「あ~、一応言っておくわ、ゾディアック。俺、お化けが苦手なんだ。だから、火力ミスってお前ごと焼くかもしれん」
「構わない。ベルの炎なら平気だ」
「お、言ってくれんじゃん」
両手に緑色の炎を灯す。少し周囲が明るくなったかと思うと、大量のリビングデッドたちが姿を現した。
「クソ共が」
血肉を引きずる死者共に対し、ベルクートは吐き捨てるように言うと、炎弾を投げる。
同時にゾディアックは駆け出す。
静かだった廃城に、血肉が飛び散る音と、死者の声と、炎の音が木霊し始めた。
★★★
目の前が真っ自になり、少年は反射的に目を閉じてしまった。眩い光は視力を奪い、少年は腕で目元を隠した。
「つきましたよ一」
気の抜けるような声が聞こえ、目を開けると、フーマ城が目の前に見えた。
少年は大口を開けて感嘆の声を上げる。
「すげぇ」
「どうですか~? これが転移魔法です~。ガーディアンの必須魔法ですよー」
「俺が必死こいて走ってきたのはなんだったんだ……」
少し情けなくなる思いだった。ラズィは落ち込んだ様子の少年を励まそうとする。
「う~ん、う~ん」
「何、どうしたの」
少年は、こめかみに指を当てて体を揺らしているラズィを、冷ややかに見つめた。
「あなたを励まそうと思ってー。うーん。いい言葉が浮かびませんー」
「なんだよそれ。別にいらねえよ。気持ちだけ受け取って」
そこまで言って、少年は臭いを感じ取った。鼻を動かしながら、歩を進める。
「どうしましたか~?」
ラズィの問いかけにも答えず少年は歩き続ける。小首を傾げて、ラズィは少年の後を迫う。
ふたりは大きな木の前で立ち止まった。
臭いはここから発生しているらしい。少年はこの臭いに覚えがあった。
「鉄臭い。血だ。これ」
「失礼」
ラズィは目を凝らす。
背景と同化しているが、空間が歪んでいる。さらに見続けていると、オレンジに光る文字が浮かび上がってくる。
霧の魔法だ。恐らくゾディアックが発動したものだろう。完成度が高く、それでいてガーディアンだけが気づけるよう、細工もしてある。
「へ~……」
ラズィは感心するような声を上げた。
魔法に対してではなく、狐の少年に対してだ。
ガーディアンでもなんでもない獣人の子が、かすかな臭いを感じ取り、探し当てた。おまけに、ラズィが気づく前にだ。
興味深い。ラズィはそう思いながら、魔法を解除する。
助けを求めていたふたりが寝かされており、少年は驚愕の表情を浮かべた。
「お、おい! 死んじまったのか!?」
「まだ生きているみたいですね~。ちょっと危険な状態ですが」
ラズィは一息つくと、ローブの内側につけてあった小瓶を取り出す。
中には白と緑色に光り輝く小石が複数個入っていた。
「何だよ、それ」
「う~ん、言うなれば、"秘薬"でしょうか~」
くすっと笑い、瓶の蓋を取ると、輝く小石をひとつ取り出す。
それを、盗賊の口に押し込むように入れた。
「いやマジで何してんだよ!!」
少年が目を見開き、ラズィの肩を掴んで引き離そうとする。
ラズィはビクともしなかった。表情は、どこか楽し気だ。
「これが治療なんですよー。信じてくださいー」
「本当かよ……嫌がらせしてるようにしか見えねぇって」
ラズィは肩をすくめ、もうひとりの方にも小石を入れる。異様な光景だったが、少年に止める術はなかった。
「さて、じゃあ行きましょうかー」
ラズィは立ち上がり、少年を見つめた。
「中に入ったら、私の指示に従ってくださいね~」
「もしさ、言うこと聞かなかったら?」
「ん~? イラっとして、魔法撃っちゃうかもですねぇ~」
「……従います」
力なく言った。恐らく怒らせたら、本気で撃ってくるだろう。
ラズィは口元を隠しながら肩を震わせ、これから遊びに行くような足取りで城へ歩き始める。
そんな彼女を不気味に思いながらも、少年は黙ってついていく。
少年はフーマ城を見上げた。
不気味な城と月が、こちらを見下ろしてるようであった。
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