最終話「親愛なる暗黒騎士」
喉の調子を確かめる。先週の飲み会で騒ぎ過ぎて、喉が枯れてしまったのだが、どうやら今日の収録には本調子に戻ってくれたようだ。
「本番まであと1分です!」
カメラマンの隣に立つアシスタントが力強く言った。
身だしなみはバッチリだ。イヤリングもズレてない。
「本番まで10、9、8……」
髪を払いカメラを見据え、マイクを持ち上げる。
「3、2……」
1は言わず指で見せた。
口許にはすでに笑みを浮かべている。準備完了。
0になると同時に手でこちらを差した。
本番開始。モナは息を吸った。
「はいはーい! 全国のみなさんこんにちは~!!」
とびっきりの笑顔を向け、モナは言葉を紡ぐ。
「今日もこの人気コーナーがやってきました! 題して「お国のお菓子特集」! いやこれまだ仮なんですけどね。最近視聴率良くて私の給料もよくなったの」
「モナさん。雑談はひかえて」
カメラマンが小声で言った。
「うん。わかった黙る。でも私の給料がよくなったのは覚えておいて!」
「だからどうでもいいって! 紹介して早く!」
「も~。せっかちなんだからぁ」
喉奥を慣らし、モナは手で後ろにある城壁を差した。カメラもそちらに向けられる。
「私は今、宝石の国、また商人の国とも呼ばれている「サフィリア宝城都市」に来ております! いやぁもう凄い熱気ですね! 今見えているのは南門こと正門。この奥にサフィリアが誇るマーケット・ストリートが広がっております」
門からは大量のキャラバン、亜人、ガーディアンでごった返していた。
「三ヵ月前にドラゴン、ガギエルを討伐し復興作業を行っていた国として名を馳せたこの国ですが、すでにその活気は戻っているようです。というより、以前にも増して盛り上がっている模様です。それはなぜか!?」
カメラが再びモナに向けられる。
「それが今日お邪魔するお菓子屋さんが原因なんです! なんとそのお店の店長は、最強の二つ名を持つランク・タンザナイトのガーディアンらしいのです! いったいどんなお菓子を提供してくれるのか。早速突撃してみましょう!!」
モナはそう言って駆けだす。カメラマンもその背中についていく。
門を潜り通りの紹介をしながらモナは確実に店に近づいていく。
そして、ある行列を見え始めた。
「お、あれじゃないでしょうか。いやもうあれですね。毎日長蛇の列が作られるということでも有名で」
言葉が途切れる。列の最後尾と思われる位置に、看板を掲げている二人の子供が見えたからだ。
「亜人の子が、看板を持ってますね! 「最後尾」と書かれてあります。ひとりは可愛らしいグレイス族の少女、もうひとりは……ガネグ族でしょうか。あの狐顔は特異種だと思われます。二人共可愛らしい制服に身を包んでおりますね! ちょっとお話聞いてみましょう!」
両名とも白シャツにスカーフネクタイ、少女の方はフリルエプロン、少年の方はロングエプロンという装いだった。
「こんにちは~! すいません、私……」
「あ、モナさんだ! こんにちは!」
少女の方が頭を下げた。
「いつもこのコーナー見てます!」
「え、本当!? 嬉しいなぁ……ヤバい、この仕事やってきててよかった」
「こっちも嬉しいです! まさか私たちのお店に来てくれるなんて……!」
感極まった少女は今にも泣き出しそうだった。
「あ。あんたよく彼氏欲しいって嘆いて進行止める人」
「んがっ」
少年の容赦ない言葉がモナの心を抉った。
「彼氏できたの? まぁどっちでもいいけどさ、俺らの店映す時は途中で切れたりとか」
「フォックス!」
少女がフォックスと呼んだ少年の頭を叩いた。
「いってぇ!? 何すんだよビオレ!!」
「失礼なこと言わないの! ほら、さっさと案内するよ」
「お前叩く必要ねぇだろ……ったく」
「ごめんなさい。この馬鹿が失礼なことを言って。今から案内するのでこちらへどうぞ」
「え、列に並ばなくても大丈夫でしょうか?」
ビオレと呼ばれた少女はクスリと笑う。
「すでに予約済みのお客様は優先しているので。こちらへ」
「わかりましたー! さぁ、可愛らしい店員さんについていきましょう!」
案内される間、ずっとビオレとフォックスは列の人たちから声をかけられていた。
亜人や人間分け隔てなく、全員が仲良く話している光景を見て、モナの顔には自然と笑みが浮かぶ。
そうして案内された店の外観はとても立派なものだった。入りやすい入口に白を特徴とした壁、そして店の前に植えられた植物の緑や花の色が映え、大人の雰囲気がありつつも明るい雰囲気を醸し出していた。
白い壁には大きなガラス窓を配しており、ガラス越しに思わず店内を覗いてみたくなる作りだった。
「こちらです。どうぞごゆっくりお過ごしください」
「楽しんでくれよ」
扉が開けられモナとカメラマン、音声スタッフたちが中に入る。
出迎えたのは、再び亜人だった。赤毛が特徴的なシャーレロスの半獣。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」
「ふぁあ……美人」
白シャツにフリルエプロンはあの少女と変わらないのだが、そのスタイルの良さはもはやモデル級であった。
胸元にあるネームプレートには「レミィ」と書かれてあった。
レミィはニッコリと笑みを浮かべる。
「お席の方へご案内いたします」
そのまま席へ案内される。1階の窓側だった。外の景色が一望できる場所で、熱気に溢れながらも明るいサフィリアを見ることができるのは、気分がいいものだった。
メニューと水の入ったグラスが置かれる。
「ご注文がお決まり次第、お呼びください」
「はい! ありがとうございます~素敵な店員さん!」
レミィは小さく頭を下げ他の客の対応を行う。
「さて、というわけでお店の中に入りました。いやぁ店内もオシャレですね。雰囲気も最高です」
広い店内に壁にあるメニューや、描かれた絵もまた洒落た雰囲気を演出している。敷かれた白いテーブルクロスはまるでパーティー会場に来たようだ。満員になっている店内も相まって、余計にそう思える。
残されたモナは手短に感想を言ってメニューを広げ、予定通り「店長イチオシ」の言葉を見つける。
「これを頼みましょうか。えっと……呼び出しボタンを押せば来るのかな」
テーブルに置かれたボタンを押すと、微かに魔力が吸われた。それからすぐに厨房から人がやってきた。
ピンク色のパーマヘアに眼帯姿の女性だった。片目しかなく、顔にある傷からガーディアンであることがうかがえる。だがその顔でも充分美人であることがわかる。
「ご注文をお聞きします~」
ネームプレートにはラズィと書かれてあった。
「えっと、店長オススメを! あ、あとコーヒーを」
「かしこまりました~。メニューおさげしますね~。失礼します~」
女性が会釈して去っていく。その後ろ姿を撮っている時だった。
「あれ? カルミンちゃんとミカちゃんとロウルちゃんしか来てねぇの?」
「ベルクートおじさまもどうですか? 一緒に!」
「しょうがねぇなぁ。オジサンも乙女心わかるからこれから一緒に茶でもしばいて……」
緑髪の不誠実そうな男が客に軽口を叩いていた。女性たちはまんざらでも出ないらしい。
そこにラズィが近づき、ベルクートと呼ばれた男の腿を蹴った。
「いってぇ!?」
「さぁ~ベル~。お仕事に戻りましょうね~。今度ナンパなんてしたら切り落としちゃいますよ~?」
「え、え、何を!? オジサン頭悪いからわかんない! 怖い!」
二人はそのまま厨房の方へと消えていった。店内の誰も気にしていないのを見るに、いつものことらしい。
しばらくして店員が皿を持ってきた。新しく見る男性だった。若干肌が黒い。
その人物を見た瞬間、モナは目を開いた。
「お待たせしました、こちら、当店イチオシ、「ザッハトルテ」でございます」
「え!? あ、あの、すいません! 異世界人、さんですか!?」
「ええ。私、本店のキッチン担当、マルコ・ルナティカと申します」
マルコは胸に片手を当て深々と頭を下げた。
「ごめんなさい、ビックリしちゃって! 噂には聞いてましたが本当に異世界人が店を開くだなんて」
「最初はそれでちょっと苦労したのですが、すぐに軌道に乗ってくれました。それもこれもこのデザートのおかげかもしれません」
「あ、そうでした! みなさん見てください! これがこのお店イチオシ、ザッハトルテです!」
運ばれてきたのはチョコレートケーキだった。ナイフがすでに入れられており、一切れだけ別に置かれていた。切れ目からは見事な断層が見える。チョコレート一色だがそれほど甘い香りはしない。
「ごゆっくりとお召し上がりください。口直しに、生クリームもどうぞ」
「わぁ! わぁ! おいしそう! いただきますね!」
我慢できない、というようにモナはフォークを手に取り一切れ口に運ぶ。
ビターでほろ苦い、だが確かに甘さを感じる何とも甘美な味わい深さと見事な触感だった。チョコのパリパリ具合とスポンジの柔らかさがマッチしている。
「うふふ……うまぁ……!」
「美味しそうに食べていただいて、こちらも満足です。どうぞごゆっくり」
モナは一言断ってザッハトルテを一気に口に運ぶ。それなりの大きさだったがぺろりと平らげてしまった。
「いやぁ、美味しかったぁ……。じゃあ次は……パンケーキとガトーショコラと、ブルーベリーマフィンとエクレアと、このたい焼きってのとショートケーキ……」
「食いすぎ!! モナさん食いすぎ!」
「バカ!! このお店のケーキ美味いよめっちゃ! 多分今までで一番! そりゃ全部食いたくなるって!」
「目的忘れないでくださいよ!!」
モナはその一言にハッとして喉奥を鳴らし背筋を伸ばす。
「とても美味しかったです。あの、このお店の店長さんにも是非一言いただきたく」
「はい。すでに呼んでおります」
そういうと再び厨房から大きな男と、とても可愛らしい容姿をした金髪の少女が姿を見せた。
男性の方は一目でガーディアンとわかる、強靭な体をしていた。褐色肌に群青色の髪の毛。
そして途轍もない、ハンサムというかイケメン。
雑誌で見たタンザナイトのガーディアン。最強の暗黒騎士の姿がそこにはあった。
「初めまして。店長のゾディアック・ヴォルクスです」
「は、はぁああああああ……はいぃいい……」
「モナさんのコーナー。いつも見てます」
「ふわぁああああああ……!???? 好き。結婚して」
「すいません。もう彼女がいるので」
ゾディアックの隣に立っていた少女が笑みを浮かべた。
「副店長兼ゾディアック様のサポートのロゼと申します」
「あああぁぁぁ……こっちも可愛い。私の恋が1分で終わっちゃった」
「モナさん! ショック受けてないでインタビュー!」
ハッとしてモナはインタビューを開始した。ゾディアックは懇切丁寧に質問に答えていく。
やがて最後の質問が終わると、モナは自分の方にマイクを戻した。
「それでは最後に、ゾディアックさんの方から店名の紹介を!」
「え、紹介? ああ、最後お店の名前を言って終わる奴ですよね」
「そうですそうです!」
ゾディアックは少し悩んで、頷く。
「みんなを呼んできてもいいですか? パーティメンバーなんです」
「ええ! もちろん! みなさんでお願いします!」
ゾディアックが礼を言ってアンバーシェルを取り出す。
「みんな、集まってくれ!」
その一言で、注文を取っていたレミィとラズィが、厨房からベルクートとマルコが。
外からビオレとフォックスが入ってくる。
そのまま全員がゾディアックの周りに集まる。
「話は聞いてたけど紹介? 何言えばいいんだよ。大将に任せればいいか?」
「いや、お店の名前を言おうと思って」
「じゃあ俺らはとびっきりの笑顔だぜ、野郎ども!」
全員から声が上がりカメラの前に集まる。
ゾディアックとロゼを中心に配置が終わると、ゾディアックとロゼは視線を合わせた。
「いい日ですね。今日は」
「……ああ。忘れられない、いい日だ」
まだゾディアックの記憶は戻っていない。だがゾディアック自信は焦っていなかった。
これから新しい記憶を作りながら、ゆっくり思い出していけばいい。
この平和な時間に、いつまでも身を置いておきたい。
「ゾディアック様、笑って」
ゾディアックは綺麗な笑みを浮かべた。
そして、これからここを訪れるだろう未来のお客様に向かって。
店名を告げた。
「ようこそ。「ディア・デザート・ダークナイト」へ!」
★★★
「最高視聴率ですって。ゾディアック様」
「それは光栄だな」
「これからまた忙しくなっちゃいますね~。お店の客足も売上もどんどん上がりますし!」
「ガーディアンの方も順調だからな」
「怪我なんかしないでくださいよー」
不満そうに、心配そうに頬を膨らませるロゼに対し、ゾディアックは笑みを向けた。
「大丈夫。俺がみんなを守るから……それにみんなが、俺を守ってくれるから」
「……そうですね!」
「よし! ロゼ! 新作作ろうか!」
「はい!!」
その時、玄関から仲間たちの楽しげな声が聞こえた。買い出しから帰ってきたらしい。
駄目な自分が、素敵な仲間たちと出会うことができたのは、本当に奇跡的なことだった。
それもこれも、お菓子作りをしよう、なんていう考えから、すべては始まったのだ。
お菓子作りを通じて出会った仲間達は、かけがえのないものになっていた。
この平穏な時がいつまでも続きますように。そしてみんなを笑顔にできますように。
最強の心優しい暗黒騎士は、そう願いを込めて仲間たちに「おかえり」を告げると、泡立て器に手を伸ばした。
All Dessert Finished!!
「ディア・デザート・ダークナイト」
END
To be continued……
「ディア・ストロベリー・ムーンナイト」
Thank you for reading through!
See you next time!
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!
長く続いたガーディアン達の物語はいったん幕を下ろします。
ですが、また別の形で物語は続いていきます!
次回作にご期待ください~!




